08.触れ合う透明度
「レイラ〜!起きてくれ〜!」
「ん…」
名前が呼ばれたような気がして重たい瞼に力を入れる。
うっすら目を開くと、太陽の光が飛び込んできた。
「んん…眩しい…」
思わず手のひらで目を覆えば、何かがパサリと落ちるのが分かった。
それは毛布で、私の体を覆うように掛けられている。
誰が掛けてくれたんだろう。
そんなに長い時間寝てたのかな。
「あ、起きた?」
「ん〜〜〜!よく寝た!ありがとう、ベポ。お陰でとっても気持ち良かった。日向ぼっこ最高だね。ところでこの毛布は…?」
「それはたぶんキャプテンだと思う」
「船長さん!?」
ベポから背中を離し、思いっきり背伸びをしていた私はその名前に驚きベポに目を向ける。
まさか。
てっきりイッカクかシャチ辺りかと思ったのに。
半信半疑の私に対し、確かめるようにベポは寝転んだまま器用に毛布を手繰り寄せ鼻を寄せる。
「うん、間違いないよ。キャプテンの匂いだ」
「…そ、そうなの…」
匂いで分かるものなんだ。
けど、どうしたものか。
こんな形でもお借りしてしまった以上、これを返しにいかなくてはならない。
そのまま返していいものか、それとも洗って返した方がいいのか。
私はぐるぐる考える。
「あ!そうだった!」
何か思い出したようにベポは起き上がると、ひょいっと私を毛布ごと抱き抱えた。
「わ!?急にどうしたの!?」
「キャプテンにレイラが起きたら船長室まで連れてこいって言われたんだ」
「船長室!?ちょ、ちょっと待ってベポ!」
少しだけ身を捩りながらベポに訴えるけど聞く耳持たず。
私の抗議なんてお構い無しに船内に入り、廊下を突き進んで行く。
船長室という響きからどの部屋よりも別格な気がして、なんというか心の準備が必要だった。
そもそも何故船長室に呼ばれているのか。
何かしたっけ?と考えてみたけど思い当たる節はない。
「キャプテン〜!レイラ連れてきたよ!」
理由も分からないまま、あっという間に船長室に着いてしまった。
ベポの呼び掛けに入れ、と短く声が返ってきたのを確認してそっとドアが開かれる。
初めて入る船長室。
入って正面の壁には丸い窓。
窓を挟んで左にはベッド、右には机が置いてあって机の正面にはたくさんの書類が貼り付けてある。
右側の壁際は本で埋め尽くされている本棚、そしてクローゼット。
左側の壁際にはもう一つ扉と洗面台。
部屋の中央には本棚の方を向くようにソファーが置かれている。
流石、船長室。
船の中とは思えないくらいの部屋。
船長さんは何かお仕事だったみたいで、机に向かっている。
「レイラはソファーに座らせろ」
「アイアイ!」
依然として私は毛布に包まれたままソファーに下ろされた。
このままなのも落ち着かなくて、毛布を手繰り寄せて綺麗に畳んでいく。
船長さんは持っていたペンを置くと、椅子ごとこちらへ振り返った。
そしてその長い足を何とも優雅に組み換える。
「で?あんな所で昼寝してた経緯を聞かせてもらおうか」
「あ、あれは…窓から外を見ていたらとても良いお天気だったんで、私がベポに外に出たいとお願いしたんです。そうしたらだんだん眠くなってきてしまって…」
「キャプテンやっぱり怒ってる…?」
呼ばれたのはこのこと?
勝手に部屋を出ちゃまずかったかな。
ベポはソファーの後ろに回り込んで私の肩をぎゅっと掴んでいる。
「……ベポがいたから構いはしねェが、お前は怪我人だ。あと日焼け、もう少し気にしろ」
船長さんは毛布を指差しながら言った。
日焼け。
そんなこと考えたこともなかった。
言われて腕を見れば、いつもより少し赤い気がする。
「すみません。日焼けなんて全然気にしたことがなくて…。それにこの毛布ありがとうございます」
「別に。怪我に加えて日焼けもなんて面倒見きれねェからな。それからベポ。少しこいつと話がある。夕飯が出来たら呼びに来てくれ」
「了解だよキャプテン!」
「!?」
どうやら昼寝のことで呼ばれたんじゃなかったみたいで。
でも何の話だろう。
ベポがいたらまずい話?
船長さんの言葉にベポが従わないはずもなくて。
その場には私と船長さんだけになった。
船長室ということもあって妙な緊張感に包まれる。
いつも部屋に船長さんが来てくれる時はこんな雰囲気にはならないのに変な感じだ。
「ほら」
いつの間にこちらに来たのか。
目の前には船長さんが立っていて差し出されたのは紙袋だった。
それを受け取り中を覗く。
「っ!?これって!」
「どんなのが好きか分からなかったから適当だぞ」
中には数冊の本が入っていた。
取り出してページをパラパラと捲る。
ファンタジー系や推理物、ジャンルが被らないようにしてあった。
私はぎゅっと本を握りしめる。
「こんなにたくさん…!ありがとうございます!」
「気に入ったなら、いい」
「でも船長さんが選んでくれるなんて意外でした」
思ったことが口に出てしまいハッと顔を上げる。
船長さんは眉間のシワを少しだけ深くすると視線を本棚へ向けた。
「おれも本は好きだからな。とはいえ、おれが読むのはほとんどが医学書だが」
本棚にぎっしり並べられた本。
それらをよく見ると確かに難しそうな背表紙をしている。
私が読んでも到底理解出来ないものばかりなんだろうな。
「船長さんは…海賊じゃなくてお医者さんになろうとは思わなかったんですか?」
こんなに本があるなら相当勉強熱心に違いない。
海賊じゃなくて、医者になっててもおかしくないのに…どうして…。
私の質問に船長さんは少しだけ目を見開くと視線を逸らし遠くを見た。
「昔は…そんな時期もあったな…」
その声がとても悲しそうで。
私は聞いてはいけないことを聞いてしまったんだと思った。
きっとこの人は色んなことがあって今こうして海賊してるんだ。
気付けば私のせいで一気に場の雰囲気が暗くなってしまった。
「変なことを聞いてすみません…あの…」
「いや、いい。それよりどうする?部屋に戻るか?」
再び目が合った時にはもういつもの船長さんだった。
私ももうこれ以上その話題に触れない方がいいと思い、質問の答えを探す。
部屋に戻るんだったら、まだ歩けない私は一人では戻れないし、かといって船長さんにわざわざ連れていってもらうなんて申し訳ない。
「うーん…」
「それともここで本でも読むか?」
「…え?」
「別におれは構わねェが」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
ここで本を読む?
確かに船長さんが晩ごはんに行くついでに部屋に戻してもらえば手間は省ける。
さっきまでの妙な緊張感も、少しだけ暗い雰囲気ももうなくなっていた。
いつも通りの雰囲気。
「じゃあお言葉に甘えます」
「…その毛布は使っていい」
船長さんはフッと笑うと私に背を向け、また机に向かい始めた。
綺麗に畳んだ毛布をもう一度広げて、それをお腹から下に掛ける。
そして袋から取り出した一冊の本の表紙を捲った。