04.音なき幕開け
「ど、どうしてそれを…?」
船長さんの口から出た『奴隷』という言葉。
私が目を覚ましたのはついさっき。
どうして私が奴隷だってことを知ってるの?
まさかあいつらの知り合い?
私は動かせない体を強張らせた。
「お前、背中に烙印があるだろ。全身酷い怪我だったんでな。オペの時に…そういうことだ」
「あ…」
「それを見たのはおれとイッカクだけだ。それにあいつもおれもクルーに言いふらすようなタイプじゃない。安心しろ」
私の背中には『天駆ける竜の蹄』と呼ばれる天竜人の奴隷の烙印がある。
物心つく頃には背中にあったから、その時の痛みを覚えてないのは不幸中の幸いかもしれない。
でもこの烙印が今まで私の自由を縛り付けてきたのも事実。
「あ、あの…助けてくださってありがとうございます」
そういえばまだお礼を言っていなかったのを思い出す。
素直に伝えれば船長さんからは海賊の気紛れだ、とだけ返された。
「で?どこから来た?」
「マ、マリージョアです…」
「…やっぱりか」
「やっぱり?」
あたかも分かっていたような言い方。
この人はたぶん物凄く頭が良い。
きっと私が知らないことをたくさん知ってる。
聞き返した私に少しだけ視線を向ければ、小さく溜め息をついてゆっくり私に分かるように説明してくれた。
「お前を拾った海域はシャボンディ諸島ってところの近くだ。そしてシャボンディの近くには“赤い土の大陸”という巨大な大陸が通っていて、その上に聖地マリージョアがある」
「……」
「だからその印を見た時にもしやと思ったんだが、そんな奴がよくあそこを抜け出せたな」
確かに、そう簡単に奴隷がマリージョアを出ることなんて出来ない。
それは実際あそこにいて嫌という程分かってる。
この人になら話しても大丈夫だろうか。
仮にも命の恩人。
私はちょっとだけ息を吐くと、あの日自分に起きた不思議な出来事を思い返した。
「あの日は…いつもと変わらない一日でした。晩ごはんの時間からご主人様に呼ばれて…日付が変わる前には自分の部屋に戻されました。そして支度を済ませて寝ようと思ったら気配がしたんです」
「気配?」
「はい。一人しか居ないはずの部屋に誰かいるような…でも全然悪い感じはしなくて…それでふとドアが目に入って無意識にドアノブに手を掛けていました」
「…」
「もちろん部屋はしっかり施錠されているんですけど…開いたんです。その時は…」
「鍵の掛け忘れは?」
「それはありません。部屋に入った時に鍵が閉まる音も聞いたし、確認したんで…」
それから私は咄嗟に部屋を抜け出した。
周囲に気をつけていたとはいえ、外に出るまで誰にも出くわさなかったのも今思えばおかしな話。
そに代わりかは分からないけど、外に出たらすぐに警備に見つかって、追いかけられて、意を決して海に飛び込んだ。
そして気付けばここだった。
私の話を船長さんは静かに聞いてくれていた。
チラリと船長さんの方を見れば、金色の瞳と目が合う。
「海王類に見覚えは?」
「イッカクさんにも聞かれたんですけど、本当にわからないんです。海王類なんてマリージョアには居なかったし、本でしか見たことありません」
正直にそう言うと、船長さんの眉間の皺が少しだけ深くなった気がした。
もう一つ、私には気になることがあった。
今の私には一番重要なことかもしれない。
「あ、あの、私はこれからどうなるんでしょう?」
ここは海賊船で私は奴隷。
まだ船長さんとイッカクさんにしか会ってないけど、天竜人より断然良い人に見える。
「お前、もしおれが天竜人と通じていたらどうするつもりだったんだ?」
「えっ!?まさか…」
「…嘘だ。おれと天竜人は何も関係ねェよ。ただ出会ってすぐの素性が分からない奴にあまりベラベラといろんなことを話さない方が身のためだぞ」
「でも…船長さんもイッカクさんも悪い人とは思えませんでした」
船長さんの言う通り、もし船長さんが天竜人と繋がっていたら私はアウトだ。
でもそんな風には見えなかった。
それにただ単にこの不思議な話を誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
思わずポツリと出た言葉に船長さんは目を見開くと少しだけ口元を緩ませる。
「ククッ…で?お前はどうしたいんだ?その調子じゃマリージョアに戻る気はねェんだろ?」
それはそう。
マリージョアからは逃げたい一心だった。
でもそのあとのことなんて微塵も考えていなかった。
これから私はどうしたいか…どうしたいんだろう…。
お金だって1ベリーも持っていない。
どうやって生活していけばいいのか。
船長さんの問いに答えは見つからない。
「とにかくだ。シャボンディでお前を降ろす予定だったが、問題が発生して生憎この船は今潜水中…。それに話を聞いてもイマイチ理由は不明だが懸賞金が三億なんてついてりゃ、あっという間に賞金稼ぎや海賊の餌食だ」
サラッと何かとんでもない予定だったことを言われた気がするけど、船長さんは何か考え込んでいる。
私は次に何を言われるのか気が気ではなかった。
「仕方ねェ…おれはこれでも医者だからな。傷が治るまではこの船で面倒をみてやる。傷が治ったらお前は自由だ。せいぜいおれの気が変わって海軍に引き渡されねェよう大人しくしとくんだな」
「え、あの…」
状況を飲み込めずにいる私を横目に見ながら、船長さんはドアを開ける。
「うわぁあああ!?」
ドアの向こうにはたくさんの人。
イッカクさん同様、みんなお揃いの白いツナギを着ている。
「バカかお前ら…こいつの名前はレイラ。しばらくウチで面倒をみることにした。怪我を悪化させるようなことしたらバラすぞ」
それを聞いて歓声が上がる。
これからどうなってしまうのか。
とんでもない展開に私は驚きを隠せなかった。