05.自由へ踏み出す
ドアの前に待ち構えていたクルーさん達に溜め息をつくと、少しだけ外すぞと言い残し船長さんの姿は見えなくなった。
呆然とドアの方を見る。
そんな私にキラキラした目を向けて来るクルーさん達。
ど、どうしたらいいの…。
「はいはい、邪魔だから退いて」
そこをかき分けて現れたのはイッカクさん。
周りからはぶつぶつ文句のようなものが聞こえてくるけどお構いましに閉まるドア。
「ふぅ…騒がしくてごめんね。ウチ男所帯だからさ、女の子が珍しいみたいで」
「え…イッカクさん男!?」
「え!?あはは!ごめんごめん私は女よ。もうあいつらとは長い付き合いだから女扱いされないのよねぇ…されたくもないけど」
イッカクさんは眉間に皺を寄せて天井を仰いでいる。
そして何か思い出したように持っていたものを差し出した。
「お腹空いてるでしょ?キャプテンがまだ固形物はダメだって言うからお粥だけど…食べられる?」
トレイの上には白い湯気を上げるほかほかのお粥。
それからは良い香が漂っている。
目覚めてからいろんなことがあり過ぎてすっかり気にしてなかったけど、言われてみればお腹が急激に空いてきた。
少し食べてみようかと頷くと、イッカクさんは一旦トレイを近くの机に置き、私の背中とベッドの間に腕を滑り込ませた。
「ちょっと痛むかもしれないけど我慢ね」
上半身をゆっくり起こされる。
少し動いただけでも激痛が走った。
でも、我慢。
背中には枕が置かれて体勢が安定すると、痛みも落ち着いていく。
イッカクさんは私の前に机を用意してくれた。
「腕は折れてなかったと思うけど…動かせる?」
そう言われて恐る恐る腕を動かす。
少しだけぎこちないけど何とか動いた。
イッカクさんは良かったと呟き、お粥を取り分けようのお椀に装ってくれる。
それをレンゲで掬って口へ運ぶとふわっとした温かいやさしい味が口いっぱいに広がった。
「おいしい…」
「それは良かった。偏食なキャプテンが選んだコックだから味は保証するわ」
「偏食?」
「そうなの!例えば…」
イッカクさんが面白そうに私に耳打ちしてくれそうになった時、再びドアが開く音がした。
「イッカク、てめェ何か言おうとしてやがった」
「げっ!タイミング最悪…キャプテンの食べ物の趣味についてお話しをしてました」
「チッ」
軽く舌打ちするとギロリと睨まれる。
私は全く悪くないのに何故…。
なんだか気まずくて船長さんから視線を逸らすと、船長さんの後ろに二人のクルーさんと白熊がいるのに気付いた。
ツナギを着た熊…?
「うちのクルーだ。こっちがペンギンでこっちがシャチ。後ろの熊はうちの航海士のベポだ。他にもいるがそれは追々でいいだろう」
船長さんの紹介に三人?はよろしくと軽く頭を下げてくる。
ベポと言われた白熊さんにぽかんとなりつつ、依然としてレンゲを持っていた私は慌ててそれをお椀に置く。
改まってレイラです。よろしくお願いします、と頭を下げた。
「こいつの怪我の具合を詳しく説明しておく。イッカクには知らせてあるが、お前らもよく聞いとけ。こいつの怪我は肋骨数本にヒビ、それと腹部外傷。まぁどちらも最初のオペの時に処置はしてある。傷口からの感染症については、点滴をしつつ経過観察中だ。食欲があるってことは自然に任せておいて大丈夫だろう。問題は両足の骨折。結構複雑に折れてやがる」
淡々と話を進める船長さん。
難しい言葉の羅列に内容は全然頭に入ってこないものの『骨折』『複雑』という言葉を聞いた瞬間、場の雰囲気が一層張りつめたのが分かった。
言われてみれば両足は全く動かない。
そしてシャチさんの言葉に私は凍りつく。
「骨折…しかも両足って…下手したら後遺症が残るんじゃ?」
「何度かオペは必要だがな。しっかり固定して安静にしてりゃ、全治半年ってところか」
全治半年。
気が遠くなりそうな時間だけど、治ると言われてホッと胸を撫で下ろす。
「あの、半年もお世話になっていいんでしょうか…?」
今だに暗い雰囲気が漂う室内。
船長さんは治るまで面倒をみてくれると言っていた。
でもしれが予想以上に長い期間。
助けてもらった上にそこまで迷惑はかけられない。
私にはお礼出来るものなんて何一つないのだから。
ポツリと呟いた私の言葉に船長さんはじめ、一斉に注目が集まる。
「元々新世界へ入るのは少し先にしようと思っていたところだ。ちょうどいい、こいつの容態がもう少し安定してから入ることにした」
「てことはこの子も連れて行くの!?」
驚きの声を上げたのはベポさんだ。
新世界というところがどんなところなのか私は知らない。
遠いところなのか。
私が一緒に行ってもいいのか。
不安が募ってくる。
「どうせ行く宛もないんだろ?」
「そうですけど…でも…」
「だったらここで船を降りるも新世界で降りるもお前には然程問題ねェはずだ」
確かにそうかもしれない。
マリージョア以外を知らない私にしてみれば、どこで生活したいか希望もない。
ただ自由に生きてみたい。
イッカクさん達を見回せば、船長さんの決めたことに異論はない様子だった。
「ありがとう…ございます。怪我が治ったらお礼させてください」
「あァ。楽しみにしておく」
ぎゅっとシーツを掴んで精一杯の感謝を込めてそう言えば、フッと船長さんが笑った気がした。
初めての表情にそんな風に笑うんだ、と少し驚く。
「キャプテン、話を遮ってすみません。なァ…それ、食わないと冷めるぞ」
遠慮がちに口を開いたのはペンギンさんで、指差す先には私のお粥。
あんなにほかほかの湯気が立ち上っていたのにそれはもうなくなっていた。
食べながら聞けるような雰囲気でもなかったとはいえ、せっかく作ってもらったお粥だったのに悪いことをした。
「もう!食べてるときくらい待ってあげればいいんですよキャプテンも!温め直してきます」
素早く私の前からお粥を引くとトレイを乗せてイッカクさんは出て行ってしまった。
さっきとはまた違う雰囲気に包まれる室内。
ペンギンさん達三人は船長さんの様子を伺っているようだったけど、なんだかその様子がおかしくて私は小さくクスリと笑った。