▼3
サンダルを突っかけて街灯の少ない道を歩く。名前ちゃんは思ったより眠りが深い様で、耳元で静かに寝息を立てている。路地裏でもこんなに眠りこけるつもりだったんだろうか。大丈夫かこいつ。香水かはたまたシャンプーかは知らないけどアルコールの匂いに混ざって甘い香りがした。女子とこんな密着する事なんて滅多に無いから否が応でも意識してしまう。
何とも言えない気持ちを抱えながら歩いていると、母さんが言っていたマンションに辿り着いた。ってエントランスからオートロックじゃん。今日何回目かの溜め息。
「…ねぇ、起きてくんない」
「…………ん、んん?」
仕方無しと名前ちゃんを一度下ろして軽く頬を叩く。少し身じろぎをしてうっすらと名前ちゃんの目が開いた。
「…はへ?」
「おはよーございます。鍵開けて」
普通の鍵やカードキーならまだ荷物を探れば何とかなったかもしれないけど、暗証番号の電子ロックはどうしようもない。この時間帯に他の住人が出入りする事も無いだろうし。
「んー、おはよ…ございま………えっと、四男くん…?」
「はいはい正解、四男です」
「あ…鍵……うん、…」
思考能力が低下している名前ちゃんは僕の位置からでも見える様に番号を入力していた。桁数の多くないその番号は妙に頭に残った。随分とまぁ不用心ですね。
「んい、送ってくれたの…」
「…別に。母さんが送ってけって言ったから」
「…おばさんが?そっかぁ…今度お礼しないと」
「部屋まで歩けるの」
「ん…多分……っいだ!?」
ふらつく足取りで滑らかに頭をぶつけた。壁に凭れ掛かり、ずるずると座り込んでしまう。また寝ちゃうんじゃないだろうな。
「部屋、どこ」
「え…」
「…部屋入るまで見届けないと、母さんがうるさそうだし」
何かと母さんを理由にしてしまう。でも率先して彼女の世話を焼くのは柄じゃないし。拾った時点で自分の意思だったのは知らない。
名前ちゃんの身体を肩で支えながら、呟かれた部屋番号を頼りにエレベーターで目的階まで上がる。高級マンションっぽい洒落た廊下を歩き、辿り着いた。
「…ここ」
「……ん」
玄関の鍵を開けてドアノブを握り締めたまま、名前ちゃんは何やら考え込む素振りを見せた。少しして僕の方に振り返る。
「上がって行って。少ししたら楽になると思うから…お礼したいし」
「は…?いいよそんなの。母さんにすれば」
「君達に借り、作りたくないの」
苦く笑う。借りを作りたくないと言いながら僕を部屋に招き入れる心理がよくわからない。ひょっとしてこれが普通で、僕みたいに変に意識する方がおかしいのか。ドアを開いて中に入る名前ちゃんに、小さくお邪魔しますと呟いて続いた。
*← | →#