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小さい頃から、テレビで歌って踊るアイドルや雑誌の表紙や誌面を飾るモデルに目を奪われていた。最初は女の子によくある『自分もこんな風に着飾りたい』変身願望、『自分も皆に可愛いと思われたい』承認欲求かと思っていた。しかし歳を重ねるにつれ、段々と世間一般の女の子との認識のズレを感じた。
「ねぇ、ちょっと聞いてるの?名前ちゃん」
「…!あっ、ごめんごめん!えっと、何だっけトト子ちゃん」
向い合って座る女の子。同じ年、家が近所、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染。小さくてふっくらとした唇は不満気に尖り、ぱっちりと大きくて円な瞳が怪訝そうに細められている。長い睫毛が影を落としていて。表情には出さず見惚れる私に、トト子ちゃんは更に頬を膨らませた。
「もう!だから、私アイドルになりたいの!」
「へぇ、アイドル………えっ!?アイドル!?」
「そう!ほら、私の可愛さは燻らせておくには惜しいじゃない?もっとちやほやされたいの!」
突拍子も無いその言葉を飲み込むのに少し時間が掛かってしまった。アイドル。偶像。トト子ちゃんが可愛い衣装を着てポップでキュートなアイドルソングを歌う様を思い浮かべる。緩みそうになる口元にストローを押し付けて誤魔化した。
「いいと思う!トト子ちゃんすっごく可愛いし!」
「ありがとー!それでね、名前ちゃんにお願いがあるの!」
「うんうん、トト子ちゃんのお願いなら何でも聞いちゃう!」
打てば響く鐘の様に、褒めてあげれば顔を愛らしく綻ばせる。謙遜する女の子も可愛いけれど、トト子ちゃんのその素直さも堪らなく可愛い。彼女からのお願いとやらも私に出来ることなら何だって叶えてあげたいと思う。
「今時アイドルなら女の子に好かれるってのも大事でしょ?だからサクラやってくれないかなーって!」
「サクラ……?」
「だめ?」
「…んーん、いいよ!任せて!」
「ふふ、じゃあ名前ちゃんは私のファン二号ね!」
―――二号?
「トト子ちゃんがアイドルになるってもう誰か知ってる人居るの?」
「うん。チョロ松くんにはもう話してあるのよね」
「…チョロ松くん…?」
「あれ、知ってるでしょ?名前ちゃん昔六つ子と遊んでなかった?」
「むつご……」
遠い記憶となりつつある幼馴染みを想起する。松野さんとこの六つ子。親御さんとはご近所付き合いもあるが、その息子六人とは中学以来碌に話した記憶も無い。
「…言われるまで忘れてた」
「えー、名前ちゃんこの歳で痴呆!?大丈夫!?」
「う、うん。大丈夫…」
随分遠慮の無い物言いだけれど、トト子ちゃんは本当に心配そうにしているものだから許してしまう。可愛いってずるいなぁ。
「あ、でもそっか!六つ子達とは出来るだけ距離を置きたいわよね!六人揃ってニートとかありえないし!」
「え……ニートなの…」
ニートって。就学していない、就職していない、職業訓練も受けていないアレなのかな。六人も居て一人も労働者が居ないとは。松代おばさんが不憫でならない。結構な親馬鹿だから許容しているんだろうけど。苦い顔をする私にトト子ちゃんはあっけらかんと続けた。
「さっき言ったチョロ松くんは穀潰しな上に身の程弁えないアイドルオタクだから相談に乗って貰ったんだー」
―――ああっ、その台詞は私にも刺さる…!
トト子ちゃんを招いているこの部屋、棚の奥の方に隠してあるアイドルグッズを思い出して身体が強張る。二十年近い付き合いになるけれど、私がアイドル、というか女の子が好きな事はひた隠しにしていた。一番身近な女の子であるトト子ちゃんに向ける気持ちは友情を飛び越えてしまう物。知られてしまっては彼女に引かれてしまう。とりあえずアイドルグッズと、それからアレも後でもっと厳重にしまっておこうかな。
「それにしても良かったー、名前ちゃんの事はチョロ松くんより頼りにしてるんだからね!」
「…っ!」
自分が可愛いって自覚してるならそう軽率に笑いかけないで欲しい。ああもう超絶可愛いよトト子ちゃん。大好きだよトト子ちゃん。彼女へのこの感情は親にも誰にも打ち明けず墓場まで持っていくつもりだ。
―――つもりだったのに。
「―――……あ?」
バサ、と束になった紙が落ちる重い音で血の気と酔いが引いていくのが分かった。
―――奥にしまうの、忘れてた…!
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