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「あー、一松くんこっちこっちー」


 猫背で一目見れば分かる待ち人の姿に、ひらひらと力の入らない手を振る。向こうも私に気付いて寄ってきた。


「……何でもう出来上がってんの」
「んーん、まだ眠くなってないから大丈夫」
「はいはいうるさい。顔赤すぎだから」


 一松くんは私の顔色を指摘し眉を顰めてグラスを遠ざける。さすが下戸は酔っ払いに厳しい。もしや表に出やすいのかとぺたぺた自分の顔を触ってみるが、確かに熱を持っていた。泣いたせいもあるかもしれない。


「…一松くん何飲むの?」
「ジンジャエール」
「えー、アルコールは…?」
「まともに話聞けなくなるけどいいの」
「あっ、はぁい…じゃあジンジャエールで…」


 相変わらず淡々としてるなぁ。一松くんのジンジャエールやらつまみやらを注文して来るのを待ってから、彼はやっと口を開いた。


「で、何があったんですかね」
「………トト子ちゃんに六つ子と仲良くしないでって言われました…」
「は?……仲良くするなって、別に名前ちゃんは僕らと仲良くしたい訳じゃないじゃん。荒れる要素無くない?」


 器用に手羽先をばらしながら、訳わからんと言いたげな顔。確かに今となっては苦手としている六つ子と積極的に仲良くしたいとは思っていないし、そこは大した問題じゃないのだけれど。


「……トト子ちゃん、私が大事な女友達だから六つ子に取られたくないって」
「………あー…」
「やっぱりお友達なんだぁ…」
「つーか分かってたでしょ」
「そうだけど…実際あんな純粋な笑顔で言われたらしんどいよ…」


 何となくで理解しているのと実際言われるのとはやはり違った。
 トト子ちゃんの言う「大事な女の子の友達」に嘘は見られなくて、純粋な友達としての好意を向けてくれている彼女に対し、しかし私はその枠を超えた感情を持っている。申し訳無さと虚しさで押し潰されてしまいそうだったのだ。


「トト子ちゃんが誰か男の人に攫われない限りは一緒に居られるし、友達でもいいかって思ってたんだけど…やっぱ駄目だよぉ…」
「何で嫌なの。トト子ちゃんとそういう事したいって思ってる訳?」


 結構核心を突いてくる問いかけだった。そういう、とは多分肉体的な繋がりの事だろう。トト子ちゃんの柔らかそうな唇や滑らかな肌を思う。触れたい、確かに。でも、それはまた別に考えていた事だった。


「……それも無いって言ったら嘘になるけど…何よりトト子ちゃんの特別が欲しいっていうか…」
「…………ふーん」
「ごめんね…こんな纏まりのないふわふわした話聞かされても知るかって感じだよね…」


 なんとも気の無いというか興味の薄そうな声に居た堪れなくなってしまった。とは言え愚痴は聞いてもらえるだけで随分楽になるもので、こんな事話せるのはこの世でただ一人彼だけだからつい甘えてしまう。


「別にいいよ。僕はタダ飯食いに来たんだし」
「…うん、いくらでも食べてください」
「ごちでーす」


 奢るから話聞いてくださいと呼び出したのは本当だけれど、彼が本当に奢られる為だけに来たとは思えない。わざとらしくがめつい振りをして、私に気を遣わせない様にしてるんだろうか。うわぁ、一松くん超優しい。


「……一松くんは優しいね」
「どういう思考回路してんだよ…やっぱ飲み過ぎじゃないの」
「違うよー…素面でも言えるもん」
「……ふーん、あっそ」
「本気にしてよー…」


 綺麗に骨から剥がれた手羽先を食べながら流された事に軽くムッとする。何で褒め言葉を額面通り受け取ってくれないんだろう。遠ざけられたグラスを引き寄せて口を付ければ睨まれたけど、すぐに溜息が聞こえた。


「あのさ、トト子ちゃんは僕らがちやほやしても嬉しそうではあるけど、これと言って見返りなんてくれないから。況してや『大事』なんて言わないし。ちゃんと特別ではあるんじゃない」
「………そうかなぁ」
「僕は友達なんてよくわかんないけど、大体誰だって最初はそこから始まるんでしょ。そこからもっと違うのになる可能性も無くはないって言うか…」


 一松くんは何やらそこで黙り込んでしまったが、彼の言葉は確かに胸を打つ。そうだ、一生友達って決まった訳じゃない。一松くんの言う様に六つ子よりリードしてるなら可能性はゼロじゃないかも。そう思えば、さっきまでの悲愴はどこへやら、希望が湧いてきた。


「うう、一松くんがいっぱい喋って慰めてくれてる…超嬉しい…!」
「…なんかムカつくんだけど」
「ごめんなさい…でもほんとに嬉しいの…ありがとー…」
「ま、僕みたいなクズの言葉じゃあてになんないから」
「そんな事ないよー…すっごい元気出た…!手羽先もっと頼んで。あ、餃子とかもどう?」
「いいんすか。あざーす」


 また卑屈になった彼につまみを推せば意識がそっちに行ったみたいだった。ネガティブな発言をしそうな時は食べ物で黙らせるのがいいのかもしれない。覚えておこう。


「あ、つーか、六つ子と仲良くしないでって言われたなら会わなくていいんじゃないの」
「私だって自分から会おうとはこれっぽっちも思ってないよ」
「僕呼んでんじゃん」


 言われて初めて、彼が六つ子の四番目だと思い出した。


「……うーん…一松くん、私の中で六つ子って括りから飛び出してるみたいな…」


 上手く表現できないけれど、松野兄弟の一人と言うよりは松野一松として認識しているんだと思う。あの夜起こった事は衝撃的すぎて、苦手意識を取っ払う所かかなり心を許せる様になったというか。


「何ていうかこう…特別な存在だから…?」
「ヴェルタースオリジナル…」
「ごめん私もそう思った…」
「頭がおめでたくなってんね」
「流石に酷くない!?」




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