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「名前ちゃん、六つ子に会ったってほんと?」
「え?あ、うん。実際に会ったのは五人だけだけど」
「ふーん?どうだった?」
「どうって…」
聞きながらお茶請けの袋を破るトト子ちゃんはあんまり興味無さげで、まぁ、世間話に過ぎないらしい。かく言う私も松野兄弟との邂逅はインパクトこそあれ、あまり話題にしたくないというか。若干トラウマになっているかもしれない。
「凄い賑やかだった…なんかこう、社会に出たらなかなか出会えないタイプの人種っていうか…別世界っていうか、ファンタジーっていうか…」
「まぁそれはそうよねー。クズでニートで童貞掛ける六だしー」
流石というか容赦がない。いくらちやほやされても簡単に落ちない所か堂々と言い捨てる辺り、ほんと明け透けで清々しい。それでこそ弱井トト子だ。自慢の幼馴染。
「いや、もうね、素面であれ全員を相手に出来るトト子ちゃん凄いなってほんと思いました…」
「やだぁ、もっと褒めて!」
「トト子ちゃん可愛い!トト子ちゃん天使!遠くのアイドルより近くの幼馴染!会いに行ける女神!」
きゃっきゃとじゃれ合える点では本当に同性の幼馴染って役得だと思う。冗談っぽく抱きついてもトト子ちゃんは嫌がらずに抱き返してくれるから。これは六つ子には出来ないだろう。
「でもでもぉ、トト子、名前ちゃんとおそ松くん達が仲良くするのはちょっとやだなー」
「うえっ!?何で!?」
ちょっと期待してしまったけれど、一般的に、というかトト子ちゃんの性格から考えるとちやほやしてくる男の人が他に取られるのが嫌とかそういう事だろうか。だとしたらそもそも私なんか比べるにも烏滸がましいと言うか、華やかで可愛らしいトト子ちゃんが居るのに私を見るって事は無いだろう。多少言葉を選んでそう言えば、彼女はうーん、と難しい顔をした。
「まぁそれもあるけどー、もし名前ちゃんが六つ子の誰かとそういう感じになったらなんか気まずいじゃない?」
「あー、ないない。それは絶対にないから大丈夫だよ」
本命はトト子ちゃんだし、とは勿論言えないけれど、私の声は自分でも驚くぐらい冷めていた。
別に男の人が嫌いとか関わりたくないとかは無いけれど、然程興味も無い上、六つ子に関してはトト子ちゃん絡みで嫉妬してしまうからどうも避けがちになってしまう。一松くんにはそういうわだかまりは無いけれど、彼は自己評価が低すぎるから嫉妬とかするより前に寧ろ自信持ってくれと思ってしまって。
「っていうか六つ子に名前ちゃん取られたくないしー」
「……な、なんですと…!?」
うんうん考え込んでいたがトト子ちゃんのその一言で引き戻される。さっきの期待は強ち的外れって事も無かったらしい。マジか。生きててよかった。お父さんお母さん産んでくれてありがとう。私は元気です。
「名前ちゃんは大事な女の子の友達だもん。男なんか作らずにずっとトト子だけを見ててよね!」
舞い上がっていたのも束の間、私を縫い止める彼女の悪意無き言葉に、息が詰まる。後半部分だけを切り取ってしまえば手放しで喜んでしまっていただろうけど、前半で何かががらがらと崩れた。多分期待とか興奮とか、そういうの。
「…う、うん、勿論だよ。トト子ちゃんが一番大事だもん」
少し声が震えてしまったが、トト子ちゃんは私の返事を聞いて綺麗に笑った。それに比べて私はきっと不細工な笑顔になってるんだろう。
「…あ、もうこんな時間かー、トト子そろそろ帰るね!」
そんな私の胸中を知ってか知らずか、時計を見て片付けを始めたトト子ちゃんに内心ほっとしていた。
「私片付けておくからそのままでいいよ。車出そうか?」
「ううん、まだ明るいし寄りたい所あるから歩いて帰ろうかなって」
「そっか。了解」
トト子ちゃんをマンションの前まで見送って、部屋に戻る。彼女が口を付けたティーカップの縁をなぞって机に突っ伏した。
鼻の奥がツンとして苦しい。駄目だ、泣きそう。緩慢な動きで携帯を取り出してタップした連絡先は、勿論彼の物だった。コール音が続く。出てくれなかったら、まぁそれはそれでいい。そう思ってたけど、コール音が切れて聞こえてきた声に、やはり縋ってしまう。
「…あの、ごめんね、ちょっと今からお時間貰えないかな…」
私の震えた声に只事でないと思ったらしい彼は、いつもの一呼吸置いたぶっきらぼうな物でない二つ返事をくれた。
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