▼11
他人の相談に乗ってやる程心に余裕なんて無い癖に、名前ちゃんの呼び出しに応じるのは、多分、彼女に良く思われたいからだ。僕なんかに軽率に笑いかけてくる、僕なんかを頼ってくる、奇特な女の子。でも名前ちゃんが好きなのはトト子ちゃんで、僕じゃない。名前ちゃんを好きになった所で事故にしかならない。優しくしたって意味なんて無い。元々疎遠だったんだから早く他人同然のあの頃に戻ればいい。なのに、何で僕は彼女の連絡先を消せないままで居るんだろう。着拒でもして、出掛ける時間帯だって変えてしまえば、彼女との接点はほぼ無くなるのに。
友達から始まって、そこからもっと違うのになる可能性はある。自分が言った台詞がぐるぐる頭を巡っていた。いや、ほんと、どの口が言ったんだって思う。それってただの自分の願望だろ。名前ちゃんとそうなりたいって思ってるだけだろ。馬鹿じゃん。全然諦めついてないじゃん。
「にしても一松くん、手羽先食べるのうまくなーい?」
「…うまいとか下手とかあんの」
「あるよー。綺麗に剥がせないんだよねー」
グラスをコツコツつつきながらへらへら笑う名前ちゃんが恨めしい。僕はあんまりいい酔い方が出来ないから彼女の前では飲まない様にしてるけど、素面のまま彼女に接していると余計なことばっかり考えてしまう。手羽先は美味いけど。
「へへ…今日はありがとね。一松くんが来てくれてほんと良かった」
すっかり元気になった名前ちゃんがこれ以上飲まない様にそこそこで切り上げ、店を出る。会う前から飲んでた割に足取りはしっかりしてたけど、スーパー寄るから一人で帰るよ、と言われたので途中まで見送る。大丈夫かほんとに。
「……あんな切羽詰まった声してた割に元気だよね」
「そうだねぇ、一体誰のお陰かなー?」
皮肉ったらしく言ってみれば、思わぬ返しをされてしまった。誰のお陰かと言いつつ僕の目をまっすぐ見据えている。駄目だこの女、僕の事を聖人君子か何かだと思ってる。
「なぁ一松、どこ出掛けてたんだよ。銭湯行こうと思ったらお前もカラ松も居ねぇし」
「………あー、コンビニ行ってた」
家に帰ると、おそ松兄さんが意味有りげな笑みを浮かべながら話し掛けて来た。長男だからか知らないけど、こういう時一番目敏いのはやっぱりおそ松兄さんだ。とは言え馬鹿正直に吐く訳も無く、適当にあしらってしまえばいいだろうと思ってたのに。
「はい嘘ー、手ぶらじゃん。十四松ー」
「なーにー!?野球!?」
「今からだとナイターになっちゃうだろー?とりあえず一松嗅いでみ」
「うっすうっす!一松兄さん失礼しゃっす!」
「は?ちょ、待っ…!」
今日に限ってやけにしつこいおそ松兄さんは僕を羽交い締めして十四松を呼び付けた。すん、と僕のパーカーに顔を寄せて鼻を利かせる弟。何だこの絵面。
「お酒と手羽先と名前ちゃんの匂いがするよおそ松兄さん!フローラル!」
いつの間に名前ちゃんの匂い覚えてるんだお前。
「よーしよし偉いぞ十四松ー、キャッチボールなら明日付き合ってやる」
「マジすか!?おそ松兄さんボール!?」
「いや白球追い掛けろよ野球青年。あ、チョロ松達先行っちゃわない様に引き留めといて」
「はいはーい!」
麻薬探知犬レベルの嗅覚を見せる弟に戦慄している僕とは逆に、おそ松兄さんは満足気に十四松を撫で、僕に向き直った。
「で、何?名前ちゃんと飲んできたの?隠し事は駄目だよー?特に女絡みは」
「……名前ちゃんとはそんなんじゃないって」
「じゃ、何でこそこそ会いに行ってんの?言えばいーじゃん。隠すと逆に怪しいからねー」
まぁ、実際僕が何て思ってようが名前ちゃんとは何も無い訳で、別に隠さなくてもいいんだろうけど。逆に言ってどうなるんだ、とも思う。
「愚痴聞いてただけだから。わざわざ言う事じゃないでしょ」
「はぁ!?一松が!?他人の愚痴を!?」
「何でそんな驚かれなきゃなんない訳」
「いや、だって二人っきりで異性に愚痴聞いて貰うって相当気を許されてんじゃん?」
「俺別に二人っきりなんて言った覚え無いけど」
「違うの!?」
「…違わなくないけど」
「ほらー!名前ちゃんそれ絶対一松の事好きだって!」
事情知らない癖に勝手な事言わないで欲しい。名前ちゃんがレズっ子だって知らなければ僕もそう勘違いしてたかもしれなくて、だからこそ苛々した。
「…名前ちゃんからされるの恋愛相談だから。はい終了。散ってくださーい」
このぐらいなら言っても大丈夫か、と思う範囲で真実を言えばおそ松兄さんは納得行かない様に顔を顰める。
「は!?益々意味わかんねー!何で一松に恋愛相談すんの!?お前恋愛マスターなの!?」
「あー、もうそういう事でいいから。恋愛マスターも銭湯行く」
「じゃあ何で童貞なんだよ恋愛マスター!」
兄さんの叫びを背中に浴びながら銭湯に行く支度をする。何で童貞なのかとか僕が聞きたい。もし名前ちゃんがレズっ子じゃなくてノーマルで告白したら童貞卒業出来たのかな。いや、そもそもレズじゃなかったら僕に相談なんかしないし、そもそもOK貰えるとも思えない。おめでたい頭は僕の方だ。
「つか、いいのー?お前がそこまでするって事は少なからず名前ちゃんの事好きなんだろ?」
「……仮にそうだったとして関係無くない」
「お前トッティのドライ移ってない?この家どっかに乾燥機あんの?加湿器買う金なんて無いよ?」
否定するのも面倒になったからほんのり肯定してみるが、おそ松兄さんはそれでも腑に落ちないようで、最近兄離れが激しいよお前ら、とわざとらしく頭を抱えた。
「大体名前ちゃん、好きな子居るし」
「別に関係無くね?振り向かせればいいじゃん」
同じ顔しててどこから湧いてくるんだよその自信。比較対象トト子ちゃんだし無理だから、と言ってしまえれば楽なんだけど、そこは言っちゃいけないとギリギリ留まれた、のに。
「こないだうち来た時めっちゃ一松の事頼りにしてたし?名前ちゃん明らかにお前贔屓してるし?それで気が無いっておかしくね?頑張りゃイケるって」
「っうるさいな!勝手な事ばっか言うなよ!僕に好かれても迷惑なだけだろ!」
僕が彼女に期待してしまう要素をご丁寧に並び立てる兄さんに、ついに苛立ちが限界を越えて声を荒げてしまった。すぐにはっとする。何も知らない癖に、じゃない。何も言えない癖に八つ当たりしてるだけじゃん。
「…あー、悪い。ちょっと弄り過ぎた」
「ごめん、頭冷やしてくる。先行ってていいよ」
「あ、おい一松!」
すぐに謝ってきた兄さんに居心地の悪さを感じて、僕は逃げ出した。
*← | →#