▼レンタル彼女





「あれ、一松くん」
「……え、あ、名前ちゃ…ん」


 ハロワから皆より一足早く出た所で、思わぬエンカウントをした。仕事終わりかスーツ姿で買い物袋を下げている。


「こんばんは、今ハロワから出てきた?いよいよ働くの?」
「…ま、まぁ」
「へー、偉いね。他の松も?」
「…うん」


 相変わらず僕以外の兄弟は他の松扱い、いやそれはまぁいいんだけど。
 僕らに就業意欲が湧いたのかと純粋に喜んでくれてるみたいで、動機が動機なだけに少し後ろめたかった。


「……いつにも増して挙動不審だけどどうしたの?就職氷河期の昨今じゃいいとこ見つからない?それとも履歴書とかで詰まってる?」


 名前ちゃんは心配そうに顔を覗き込んでくる。


「べ、別にそういう訳でも………、あ」


 突然の接近にパーソナルスペースどうなってんだこいつ、と後退ろうとすればジャケットのポケットに入れていた名刺が落ちた。よりによって名前ちゃんの足元に。あー、終わった。


「何か落ちたけど…………ん?」
「あ、いや、えっと…」


 出勤予定表が裏面に印刷された、チビ美の名刺。拾い上げてちらと目を通した名前ちゃんは僕の顔とそれを交互に見て、合点が行った様な表情だった。


「……ははぁ、お金が必要ってそういう事かぁ…この辺りでもあるんだね。いいなぁ」
「………え」


 いいなぁって何だ。反応おかしくないか。普通の女は風俗に多少なりとも嫌悪感があるものなんじゃないの。


「名前ちゃんそういうの平気なの、っていうか気になるの」
「お金さえ払えば女の子とデート出来るんでしょ?ずっと興味はあったんだけど…ちょっとよく見せて貰っていい?」


 そういえば普通じゃなかった。擬態するレズだった。名刺を食い気味に見つめる名前ちゃんの目はぎらついている。


「あー、性別不問とは書いてないなぁ。電話してみよ」
「何その謎の行動力…ってか一般は一時間十万だけど」
「え、まぁそのぐらいなら…伊達に社畜やってないからねー。最近はソシャゲでそのぐらい消し飛ぶし……あ、繋がった。もしもし、お忙しい中すみません。少しお尋ねしたい事があるのですが…」


 さらっとソシャゲ課金を暴露した名前ちゃんはカタカタとスマホを繰り電話を掛ける。っていうか風俗に掛ける電話じゃないだろそれ。


「え、女性でも大丈夫?寧ろ割引有り?ほんとですか!?はい、あ、じゃあ明日の夕方五時にそちらでお待ちしております、はい。楽しみにしてます!」


 呆気に取られる僕を放置していたが通話は滞り無く終わったらしい。


「…良かったの」
「…えへへ、いいってさ!一松くんが貢ぐ為に働き出すぐらいならキャストさんよっぽど可愛いんでしょ?楽しみだなぁ」


 未だ嘗て見た事無い程心の底から嬉しそうな顔だった。女絡みでポンコツになるのがこんな身近に二人も居るとは。チョロ松兄さんはともかく名前ちゃんはもう詐欺だろ。


「えっと…」
「じゃ、私お買い物途中だから行くね!これありがと!仕事探し頑張ってね!」


 名刺を返すとそのまま踵を返し行ってしまった。
 いや、別に何か期待してた訳じゃないけど、まさか興味津々でデートしたがるとか。引かれた方が何倍も良かった気がする。なんかムカついたからハロワから出て来たクソ松を殴っておいた。





 兄弟は工事現場で汗を流してるであろう時刻。正直凄い気になって仕方無かった僕は適当な理由を付けて抜け出し、見に来てしまった。待ち合わせ場所に先にやって来た名前ちゃんは少し見慣れない私服姿で、何と言うか凄いばっちり仕上げてきてる。気合い入りすぎだろ。あんな名前ちゃん見たこと無い。
 少ししてやって来たのはチビ美だった。名前ちゃんも可愛いがチビ美だってやっぱり可愛い。愛想のいい笑顔で名前ちゃんに話し掛け、即腕に抱き付いて歩き出した。何アレめっちゃいい雰囲気じゃん。
 よく考えたら自分のお手付きと気になってる子がデートって状況は何だ。寝取られに入るのか。どっちを寝取られる事になるんだ。前方で和気藹々と繰り広げられる女子二人のデート模様に複雑な気持ちを募らせながら結局最後まで尾行してしまった。終始腕を組んで、恋人繋ぎなんかもして。しかもチビ美は別れ際に名前ちゃんに擦り寄り頬にキスまでしていた。すげぇ。あんな事もしてくれるのか。オプションいくらだよ。名前ちゃんいくら払うんだよ。名前ちゃんはめっちゃ幸せそうな顔で鞄から分厚い封筒を取り出した。社畜って怖い。




―――で。レンタル彼女の正体は薬で化けたイヤミとチビ太だった訳だけど。
 檻の鍵レンタルの契約書に血で押された拇印を眺め、ボロボロになったチビ太に詰め寄る。


「あのさぁ、お前、俺ら以外にも一人相手したでしょ」
「ヒッ…あ、あー…名前ちゃんって子が電話してきて。まさかお前ら以外の、しかも女から来るたぁ思ってなかったけどよ…」


 胸倉を掴んで睨みを利かせれば涙やら鼻水やらで汚い顔が怯えで歪んだ。


「可愛かったぁ?」
「ま、まぁな」


 名前ちゃんが行く前から楽しんでいたあのデートはチビ太にとってもいい思い出になったらしく、分かりやすくにやついた顔が下を向いた。殺す。


「…んだよ、もしかしておめぇの知り合いなのか…?」
「いくらふんだくったのかなぁ?」
「流石に知らない女の子相手にお前ら程ふっかけらんねぇよ!サービスって事で五千円でいいっつったらあっちが札束押し付けてきやがったんだ!」
「いくらかって聞いてんだよアア!?」
「は、八十万!いつか返そうと思って手付かずで取ってある!」


 マジか。人の事言えないけど八十万をポンと出したのか名前ちゃん。チビ太なんかに。チビ太なんかに。とりあえず回収した封筒には本当に八十枚の万札が入っていた。これは僕から名前ちゃんに渡しておくとして、本題はここからだ。


「そういえば腕組んでたよねぇ。折っとこ」
「っでぇえ!?まだやる気かよ!?」
「もがないだけありがたいと思ってくれる?…あ、名前ちゃんのほっぺどうだった?」
「え、すげぇ柔らかかっ、だだだァ!?何なんだよ一松!おめぇ何で知ってんだよてやんでいバーロー!」
「殺す」
「目据わりすぎだろおめぇ!?」


 チビ太に何したかは覚えてないが、僕と同じぐらいキレてた兄弟が止めに入るぐらいには何かやばいことしてたらしい。



 規則的な電子音が何回か続き、途絶えた。はいもしもし、とあの子の声がする。



「もしもし、名前ちゃん」
『はいはい一松くん、どうかした?』


 騙されていたなんてこれっぽっちも思ってない名前ちゃんはいつも通りのさっぱりとした声色だった。


「あのレンタル彼女ただの詐欺だったから。もうああいうの手出さない方がいいよ」
『え?でもデートはほんとにしたし相応の対価は貰ったよ?』
「あいつら男だったから。薬で化けてただけの変態野郎だから」


 淡々と事実を告げれば、電話越しに大きく驚く声。まぁ、頬とは言えキスされてたしショックだろう。


『うわぁマジかー…あんなに可愛かったのになぁ…』
「……で、さっきそいつらシメて金取り返してきたとこ」
『お、おお…一松くん凄いね…』


 感心と困惑が入り混じった苦笑いを貰った。僕達はこういう荒事は得意分野だしよくあるが、名前ちゃんはその辺りまともな感性を持っているらしい。


「慰謝料含めてきっちり貰ったから渡す。後で会える?」
『え、あ、ありがと…えーっと、今日は上がり早いから…六時には駅に着くかな』
「じゃあそこで待ってる」
『はーい、いい時間になりそうだし折角だから一緒にご飯食べようよ。あ、それともおばさんのご飯の方がいい?』
「え、あー、いいよ。一緒に行く」
『ん、じゃあまた後でね』


 電話が終わり携帯を仕舞うと、十個―――五人分の視線を感じた。


「…一松兄さん、今の電話の相手誰?デート行くっぽい内容じゃなかった?」
「いや、名前ちゃんだから」


 トド松が訝しげに聞いてくる。デート行くっぽい内容って。取り返した名前ちゃんの分の金渡すだけなんだけど。


「はぁ!?名前ちゃんとォ!?何それ!一人だけモノホンの彼女ゲットしようとしてんの!?」
「チビ太の血で染まった手で電話掛けるから何事かと思ったら!」
「あんだけチビ太を脅しつけた口で名前ちゃんに愛を囁くの!?怖っ!それこそサイコパスだよ!」


 女絡みに一番敏感なおそ松兄さんとトド松が僕に詰め寄り大分好き勝手喚いてくれた。サイコパスってクソ松と同じにしないでくれる。


「そんなんじゃない。普通に知り合いなだけだから」


 友達と言うのも何か憚られて知り合いと言ったら地味に凹んだ。そういえば僕以外は名前ちゃんが男に興味無い事知らないのか。とはいえ名前ちゃんの秘密が知られてしまうから言えないし。


「分かった…信じよう一松。夜帰ってきたら異端審問会な。万が一朝帰りでもしたらサブミッション祭に移行する」
「信じてないでしょそれ」


 夜、普通に名前ちゃんにお金を渡して普通にファミレスでご飯食べて普通に帰ったら兄弟全員に信じられない様な目で見られた。おそ松兄さんだけは肩を叩き親指を立ててきて、なんかムカついたからクソ松殴っておいた。


*← | →#