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インターホンを押して数十秒待ったけど、返事が無い。もう一度鳴らしてまた数十秒、音沙汰無し。うーん、松代おばさん、居ないのかな。お母さんから持たされたのは生物だから出来るだけ早く渡したいんだけど。車に積んである連なった発泡スチロールの箱を思うと、そう何度も出直す事は出来そうにない。っていうかニートの息子達はどうしたんだろう。連絡先を交換した彼が家に居れば一番渡しやすいんだけど、さっきLINEを飛ばしてみたが既読は付かない。出直すかと踵を返そうとした時、家の中から物音が聞こえた。
「これだけ居て何で誰も出ようとしないんだよ!……ごめんなさいお待たせして!…ど、どちらさま?」
「…あ、えっと、同じ町内の苗字です…こんにちは。松代さんはいらっしゃいますか?」
出てきたのは当然ながら彼と同じ顔だった。六つ子の内の…誰だっけ。昔も見分けは付かなかったけど、一松くん以外の今を知らないし全然分からない。緑のパーカーを着たその松は人当たりの良さそうな態度で応対をしてくれた。でも数少ない情報の中存在感を放つものが「六人全員ニート」な為か妙に勘繰ってしまう。
「母なら出掛けてますけど……あれ、どこかで会った事あります?」
一松くんもだったけど案外覚えてるものなのか、私の顔をじっと見つめて緑の人は首を傾げた。
「…まぁ、昔にちょっと。苗字名前、ですけど。覚えてます?」
「…………名前ちゃん!?えええええ名前ちゃん!?」
「うわっ、あ、あんまり大声出さないで…!」
礼をしたいのは松代おばさんと一松くんで、居ないのなら伝言と品の受け取りをお願いして早く帰りたいのが本音だった。何より人様のお宅の玄関先であまり騒がしくしたくない。
「あ、ご、ごめん!それにしても見違えたよ!いや昔とそう変わってない筈だけど、その、雰囲気変わった?滅茶苦茶可愛くなったね…」
「いや、そんな事は…そちらこそ暫く見ない内に…随分と個性的に」
「ま、まぁ色々あって…」
ぎこちなく交わされる社交辞令。未だに何松か分からないので当たり障りの無い事しか言えないけれど。
「あ、それでどんな用?」
「ああ、はい!えっと、先日松代おばさんといちま、」
「チョロ松何騒いでんの。二度寝出来ないんだけど……、女の子ォ!?」
よくぞ聞いてくれたと用件を済ませようとすれば、さっきの大声で気付いたらしい別の松が寝癖そのままに目を擦りながら出てきた。目の前の緑の人は三男のチョロ松くんだったのか、後ろの松と見比べてみるがやっぱり分からない。名札とか付けておいてくれないかなぁ。
「もー、兄さん達うるさ、えっ、女の子!?」
「あー!名前ちゃん!名前ちゃん!こないだぶり!」
「……………ど、どうも…え、…こないだ?」
何で皆私を女と見るなり声が大きくなるんだろうか。続々と集まってきた松野兄弟に若干引きつつ、黄色いパーカーの人が私の名を即座に呼んで長い袖を振る。私の顔と名前が一致するとしたらおじさんおばさんか一松くんぐらいだと思うのだけれど。黄色の彼と最近遭遇した覚えは無い。
「名前ちゃんすやすや寝てたから話してないけど!」
「あ、もしかしてあの時に……」
一松くんが私の部屋を知っているのはおばさんが言ったからだろうとは思っていたが、一度松野家に連れ帰ってくれたのか。一松くんに二度手間を掛けさせてしまったとなると申し訳が無い。仕事の付き合いで仕方なく飲んだからとは言えとんだ失態である。
「十四松、どういう事?」
黄色い人が一松くんが言っていた五男の十四松くんらしい。
「一松兄さんが路地裏で酔っ払った名前ちゃん拾ってきたんだー!」
「一松が!?あいつ何してんの!?っつか名前ちゃんってあの!?」
「うん!あの名前ちゃん!」
「へぇー、あの名前ちゃんが」
さっきから名前に付属する指示語にどんな意味があるかは分からないが、人を話題に盛り上がるのはやめて欲しい。同じ顔の成人男性が四人、私をじろじろと見てくるものだから正直かなり怖い。
「あ、あの…その事で改めてお礼を言いに来たんですが…おばさんと一松くんが不在ならまた出直して、」
「えー!?上がってかないのー!?」
―――何を言い出すんだ五男くん!?
「そうだよー、折角久しぶりに会ったんだから色々お話しよ?あ、LINEやってる?」
「つか何でそんな敬語とか使うの?同い年じゃん!」
「おいお前らそんながっつくなよ!名前ちゃん困ってんだろうが!」
他はやめといたら、と一松くんが言っていたのを思い出す。確かに、数年間会ってなかったのにグイグイ距離を詰めてくるこの感じは辛いものがある。そう考えると一松くんを家に上げてやや強引に話を聞かせたのは私も反省しなきゃなぁ。会って数分で反面教師にされているとは露程も思っていない彼ら、の内の赤い人が私の腕を掴んで家に入れようとした。ちょっと待ってこれ本気で怖い。悪意が無いのは分かるけど怖い。
「何騒いでんの、入れないんだけど」
背後から聞こえた声に脊髄反射的に振り返り、酷く安心感を覚え、軽く涙が浮かんだ。サンダル特有の引き摺った足音を響かせ、鬱陶しそうな表情で佇むのは件の彼である。
「一松兄さんおかえりー!」
「ただいま十四松……あ、名前ちゃん…来たの」
五男くんに出迎えを受け、振り返った私の有り様を見て一瞬目を丸くし、しかしすぐいつもの瞼が重たげなそれに戻った。
「う、うん。一応さっき携帯に連絡したんだけど」
「え?あー…電池切れてた」
「あ、そうだったんだ」
一松くんはパーカーのポケットから携帯を取り出し黒い画面を見てから仕舞うと、私とその腕を引く赤い人に向き直る。
「…で、おそ松兄さんは何でセクハラしてんの」
「セクハラに入んのこれ!?」
「その絵面連れ込みにしか見えないから。犯罪じゃん」
「寄りによって一松に言われたァ!え、ごめん名前ちゃん!お願いだから通報はしないで!」
「あ、はい…大丈夫です」
赤い人が長男のおそ松くんだったのか。一松くんに指摘されるとパッと手を離して距離を空けてくれた。
「何か用あったんじゃないの」
「あ、そうそう。母方の実家に蟹貰ったからお裾分けに。車に積んであるんだけど……」
「えっマジ!?うわ、まだ生きてんじゃん!見ろよトド松!」
「凄いよおそ松兄さん、こっちの箱足いっぱい入ってるよ!」
「おいお前ら何勝手に物色してんだコラ!」
言うや否や長男くんと、トド松と呼ばれたから六男くんらしい彼が私の車に駆け寄りトランクを開け騒ぎ立てる。三男のチョロ松くんが叱ってはいるが、何かもう、こういう人達なんだなと思うと諦めもつくというか。
「いいですいいです。そのまま全部持って行ってください」
「えっ、あんなに!?いいの!?」
「うちの親も松野さんちが六人兄弟の八人家族だっていうのは知ってるので多めに持たされて…それでもまだ家に有り余ってますから」
「なんかごめんね、そういう事ならあのハイエナ共に運ばせるから…」
「…お願いします」
実際運ぶのが手間ではあったので丁度良かった。一松くん以外の兄弟でどんどん運び込まれていく発泡スチロールを横目で見ながら、ずっと手に持っていた紙袋を持ち上げる。
「それから一松くんと松代おばさんにはこれも…実家からのだけだと気持ちが収まらないし」
「別に、お礼はして貰ったけど」
「ううん、思ってた以上に迷惑掛けてた事知ったから…受け取って欲しいな。無難にチョコの詰め合わせにしたけど甘いもの大丈夫?」
「…まぁ」
押し付けがましい自覚はあるけど、一応受け取って貰えた。
少しして、蟹を運び終えた他の兄弟達が揃ってお礼を言いに来て、家に引っ込んだのを見届ける。六男くんも蟹でLINEの事は頭から飛んだらしく正直助かった。
「あ、そういえば…六つ子だよね?一人足りない様な…えっと、次男?」
「…………さぁ」
何やら凄い嫌な顔をされてしまった。もしやまだ遭遇していない次男くんとは仲が悪いんだろうか。
「…それにしても一度にこれだけ集まるとちょっと圧倒されちゃうね」
二番目の松に関してはあまり触れてはいけないらしいのでつつくのはやめた。今の疲労感からして能動的に知り合おうとも思わない。私の言葉に一松くんはやっぱりか、と言いたげな顔をした。
「やめとけって言ったのに」
「不可抗力だったの…!でもほんとに一松くんの言ってた事身に滲みたよ。暫くはまともに話せる気しない…」
「…まぁ、いいんじゃない。話なら僕と母さんぐらいで。外なら兄弟にもそう会わないし」
無意識かもしれないけど、一松くんはまた会ってくれるらしい事を言った。
「…うん。また話聞いてね」
嬉しさを隠せなくてだらしない顔になっていると思うが、彼は特に触れずに暇だったらね、とお決まりの台詞を呟いた。
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