▼レンタル彼女の話の後





「それにしても美女薬ねー…そんな夢みたいな薬があるなんて」

 彼女は安さが売りのドリアをつつきながら、興味深げに言う。例の八十万が入った封筒は気安くテーブルの上に置いてあった。僕と彼女が座るボックス席は金銭感覚の狂った空間と化している。

「もっと別のリアクションあるんじゃないの。薬で化けてた男とあれこれしてた訳だし」
「んー、でもチビ美ちゃん可愛かったから…別にそんな後悔してないよ」
「…基準がわかんないんですけど」

 もっと怒るなり気持ち悪がるなりしてくれれば、少しはこっちの気も済んだかもしれないのに。とりあえずチビ太は次会った時またシメとこう。

「あ、それよりもさ!その薬があれば一松くんも美少女になれるって事?」
「絶、対、飲、ま、な、い」

 分かりやすく目を輝かせた彼女、その期待に応える気なんて無い。何が悲しくて女体化しなきゃならないんだ、と言うのもあるけれど、何よりも女体化しないと眼中に入れて貰えないって惨めな事この上ない。無碍にした僕に彼女は分かりやすく落胆を見せた。

「えー、残念…七咲ちゃんとかみたいにダウナー系…っていうかクール系美少女って需要高いんだよ?絶対可愛いよ」
「アマガんでんじゃねぇよ」
「あ、一松くんはキミとキスする方のが好き?二見さん可愛いんだよね。一松くんもポテンシャルはあると思うんだけどなぁ…女の子だったら惚れてるし」
「それ褒められてんの?」
「最上級の褒め言葉のつもり」

 冗談で言ってるだけとは思うが、彼女の言う様に僕が男じゃなかったら好きになって貰えたんだろうか。そこまでで思考が停止した。僕が男で彼女が女なんだから本来そのまま収まるべき所に収まる筈なのに、何で僕は変化を求められてるんだ。意味がわからない。

「あ、別に今が悪いって訳じゃなくて!気に障ったならごめん…」

 どうやら顔に出ていたらしい、彼女が目に見えて焦り出した。

「…いや、いいよ別に。そういう子だって知ってるし」

 申し訳無さそうにする彼女に、努めて冷静な声で首を振る。別に怒っている訳じゃなく、彼女からしたら筋違いの事で複雑になっているだけだ。とりあえずそれは置いておいて、今回の事件で気になる事があった。

「それよりもさ、トト子ちゃんが好きとか言ってるけど女となると見境無くない?」

 長年トト子ちゃんに片思いしている筈の彼女がレンタル彼女にホイホイ釣られて行ったのがどうにも納得出来なかった。

「い、いいいいいやそんな事は…!」
「レンタル彼女に浮かれてさ。浮気症なんじゃない」
「……うう、痛いとこ突いてくるなぁ…」
「ほんとにトト子ちゃん好きなの?」
「…うん」

 この流れでは折れるかと思ったら、そんな事も無かった。そこは素直に感心する。

「そりゃ、トト子ちゃんは可愛いしキラッキラしてるけど。他にもそういう子は居るんじゃない?」
「…そうなのかな…でも、ずっと傍に居てくれたのはトト子ちゃんだけなんだよ」
「単純だね」

 やばい、これは少し言い方が良くなかったか。そう思って彼女の顔色を窺えば、そうかもしれないね、と苦く笑うだけだった。

「結局さ、好きになるのに理由なんて無いんじゃないかなぁ。一松くんは違う?」
「…そうでもなくない?自分に対して妙に優しかったりとか、頼ってきたりとかさ、そういう分かりやすい理由あるでしょ」

 言いながら、随分具体的な事を言っている様な気がした。一体誰の事言ってんだろうね。あー、しんど。

「なるほどねぇ。いやぁ、貴重な話が聞けて嬉しいよ」
「…何その含みのある言い方」
「一松くんの恋バナなんて聞けると思わなかったもん」

 恋バナ、とか。なんて寒気のする響きだろうか。松野一松に似合わない単語ランキング確実に五位以内に入る。

「いつも相談乗って貰ってるからね。一松くんも何かあったら話してくれていいよー」
「…言った所で意味無いし」
「えー、そりゃ私じゃ頼りないかもだけど…」

 本人に恋愛相談する馬鹿居ねぇから。言える訳も無いそれは水と一緒に飲み込んだ。


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