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 一松くんと別れ、冷蔵庫に何も無いのを思い出して24時間営業のスーパーに寄った帰り。寒いのもあってか、吐いた溜息が白く熱い。成人して数年、仕事の付き合いで飲むのは苦手だけど、お酒を飲む事自体は嫌いじゃないし好きだ。一松くんのお陰で量を抑えたからか悪酔いはしてないけれど、歩くのが若干辛くて、帰り道の途中にある橋に寄りかかって川面を見つめる。ヌートリアは…流石に居ないか。


「夜道は危険だぜ、レディー」
「……………」


 うーん、しかし顔が熱い。水でも被りたいなぁ。飛び込んだら冷えるかな。流石にしないけど。


「…え?ちょっと、聞いてない?」
「…はい?え、私に話し掛けてま…す!?」


 夜なのにサングラスを掛けて気障ったらしい振る舞いをするその人を見て一歩後退る。最近覚えの有りすぎる顔。けれど、こんな振る舞いをするのはさっきまで会っていた彼でもなければ、家を訪ねたあの時にも居なかった。


「…あれ、名前ちゃんじゃないか」


 向こうも私の顔を見るなりサングラスを取り、驚いた表情になる。他の兄弟より鋭い瞳をしているけれど、見開かれていると確かに似ていた。


「……えっと………、松野さんとこの二番目の人…で合ってます…?」
「…あ。ああ、ビンゴだ。俺は松野兄弟ナンバーツー、松野カラ松」


 何やらどこか別の六兄弟みたいな肩書を添えて自己紹介をされてしまったが、次男のカラ松くんだった。これで松野兄弟コンプリートしてしまった事になるのか。嬉しくないなぁそれ。私がそんな失礼な事を考えているとは露知らず、次男くんはサングラスを掛け直し、


「ふ、こんな時間に母なる大海に帰ろうとは…お転婆なマーメイドだ」


 そう宣った。キメ台詞らしい。別に私は海に帰ろうとしている訳でも増してや人魚でもない。しかしそれは確かに私の心を動かす。素面でないせいか少し冒険心が湧いた。


「セイレーンとかローレライの方が響き格好良くて好きだなぁ」
「! ほう、なかなかいい趣味をしている…」


 闇に飲まれながら厨二病アイドルをシンデレラにする為にリアルマネーを注ぎ込んだ身として、少々感じるものがあったのである。私の返しをお気に召したらしい彼は嬉しそうに笑った。


「…よく私の事覚えてたね、カラ松くん」
「まぁな。少し大人にはなったが…名前ちゃんは昔から変わらずスウィートガールだ」
「ははは…それはどうも」
「何だその渇いた笑いは…」


 添えられた社交辞令はさておき、松野兄弟でも一目で私を私だと認識したのは彼が初めてで、それは何となく嬉しい。油断して敬語が抜けてしまったけれど、他の兄弟と比べて此方から距離を置きたいぐらいのがっつきは見られなくて、そう思えば、弟である彼と似ているかもしれない。


「……時に名前ちゃん、顔が随分赤いが…」
「んー、お酒飲んでたから…」
「シュトゥルム・ウント・ドランク…酔うのも溺れるのも酒じゃなく俺にしておけばいい」
「ドイツ語かっこいいよねぇ…」


 酔ってるのは彼の方じゃないのか。素面でこのノリは確かに社会に出られないというか、ニートにしか許されない気もしなくない。アルコールでふわふわした頭では、まぁこういうの嫌いじゃないけど、と妙に好意的に受け取ってしまう。


「あ、そういえば…最近他の兄弟には会って…特に一松くんにはお世話になってるんだけど。もしかして仲悪かったりする?」
「そんな事は無いぞ。魂を分けたソウルブラザーだ」
「ふーん…?」


 あれ、一松くんの態度と矛盾する様な。首を傾げると、カラ松くんは思い当たる節があるらしく苦い顔をした。


「…まあ、偶に石臼投げられたり胸倉掴まれたりぐらいはあるが、スキンシップだろう」
「い、石臼ってどういう状況!?一松くんも手出したりするんだ…」
「あ、いや、あいつなりに相手は弁えてるとは思う」
「相手弁えて……え、お兄さんだよね…?」
「……俺は全てを受け止めてやるさ」
「はー…何かよく分かんないけど凄いね。男兄弟ってそんな感じなのかぁ…」


 すかさずフォローを入れる辺り、彼から一松くんへは特別悪いものでもないらしい。兄弟が居れば少しは理解出来たのかもしれないけれど、手が出る事は逆に遠慮が無くていいって感じなんだろうか。


「それにしても意外だな。あいつと仲良いのか?」
「…そのつもり……一松くんがどう思ってるかは分かんないけど…嫌われてはないって信じたい…」


 一松くんは秘密を守って相談にも乗ってくれるし、適度な距離を保って接してくれる、多分親よりも心を許せる存在だけれど。彼からすると私はただの押し付けがましくて傍迷惑な女なんじゃないだろうか。段々自信を失くしていく私に、カラ松くんは少し遠い目をしてから意味有りげに顎に手を当てる。


「気負う事は無い。あいつもあれで結構普通の人間だからな」
「………うん、そう思う。優しいし」


 これには心の底から頷く。一松くんは確かに誤解されやすい雰囲気を放っているが、何と言うか、少し一人で考え過ぎてしまうタイプに思う。私が知らない数年間で何かあったのかもしれないけれど、自分で思ってる程悪い人じゃないのに。


「そうか。名前ちゃんみたいな子が分かってくれてるなら幸せ者だな」
「私が迷惑掛けまくってるだけなんだけどね」
「ああ。どんどん迷惑も世話も掛けまくるがいいさ」


 カラ松くんは言いながら穏やかな笑みを浮かべた。どうしよう、君のお兄さん凄いまともだよ一松くん。っていうか随分愛されてるなぁ。何だか自分の事みたいに嬉しくて、私も頬が緩んでしまう。


「…………あ」
「? どうかしたのカラ松く…、あれ?」


 カラ松くんは私の後ろを見て固まった。その視線の先を追って振り返れば、話題に挙がっていた彼の姿。今度は私と彼の視線がかち合い苦い顔をした、かと思えば。


「………え、ちょっと一松くん!?」


 一松くんはそのまま踵を返して行ってしまった。


「あー…名前ちゃん。酔ってる事を承知で悪いがあいつ追い掛けて貰えるか?荷物は俺がきちんと預かっておく」
「え?ちょっ、」


 声を掛ける隙も無く、どんどん小さくなっていく丸い背中を呆然と眺める事しか出来ない私とは反対に、カラ松くんは私がスーパーで買った物を人質みたいに奪って背中を押した。


「あいつのあのルナティックフェイス…多分勘違いしてるだろうな」
「勘違いって…」
「いいから頼む。見失ったらジ・エンドだ」
「あっ、はい。じゃあ荷物頼むね」


 急がせたいなら普通に言えばいいのにとは思いつつ、一松くんの普段とは違う表情が気に掛かったのは事実だったので彼を追う事にした。



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