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ああもう、クソむかつく。よりによって何であいつと名前ちゃんが一緒に居たんだ。僕は何で見ちゃったんだ。さっき兄さんから逃げて来たばっかなのに何でまた逃げてるんだ。あー、世の中ほんとクソ。みんな宇宙恐竜の一兆度火球にでも焼かれて跡形も無く消えればいいのに。
恨み言を心の中で並べ、サンダルの先に当たる小石を蹴飛ばしながら宛ても無く歩く。気まずいから家にはまだ戻りたくないし、猫の溜まり場にでも行くか。そう思ってたら、背後からぜぇはぁと乱れた息が聞こえた。変質者かよ。丁度良いし憂さ晴らしに付き合って貰おうかと顔だけ振り返る。
「っ待ってよ、そろそろ足がげんか、…っでぁ!?」
「……名前ちゃん…?」
変質者じゃなくて、ふらついた足取りで派手に転ぶ名前ちゃんだった。ごつ、と鈍い音が響く。うわ、頭から行った。
「ちょ、今えぐい音したけ、ど!?」
「捕まえた…」
「…ヒッ」
軽く引きながら様子を窺い、そろそろと伸ばした僕の腕を名前ちゃんはがっしり掴んできて、思わず引き攣った声が出た。ホラーかよ。
「あー…いってて…運動不足祟りまくりだわ…」
「…酔っ払いが何必死で走ってんの」
「必死にもなるよー…一松くん、なんか様子が変だったから」
額を軽く擦ったらしい名前ちゃんは血を滲ませながら立ち上がり、さっきまでの必死な表情から一転してへらへら笑う。アルコール抜けてないのに走って転んで怪我とか馬鹿じゃん。巡りが良くなってるからか結構血が出ていて、女の顔に傷って結構まずいんじゃないの。
「僕が変なのはいつもの事じゃん」
「だって、もうとっくに家着いてる筈なのに外居たし」
「…それは偶々」
「カラ松くんもなんか凄い心配してたよ」
速攻地雷踏んできたよこの女。っていうか僕以外は他の松他の松言うのにあいつは名前で呼ぶんだ。随分急接近したんですね。あいつマジ何なの。
「あいつの名前出さないでくんない」
「……言動は成人男性として痛いけど普通にいい人だったよ……嫌いなの?」
あ、そう。あいつの肩持つんだ。思っただけの筈のそれは口から出ていたらしく、名前ちゃんは怪訝そうな顔をした。まぁ何言ってんだって話だよね。別に名前ちゃんがあいつを好意的に見ようが僕には関係無い筈なのに。
「…もう、どうでもいいや」
「?」
「前から考えてたけど。今後名前ちゃんとは会わないから」
「えっ…ちょ、ちょっと待ってよ。どうしたの急に…」
掴まれていた腕を乱暴に振り払い、拒絶の言葉を口にすれば、彼女の目は見開かれ、明ら様に顔色を悪くした。初めて会った日の夜、僕に秘密を知られた時みたいな、この世の終わりみたいな表情。
―――え、何で名前ちゃんがそんな顔すんの。
動揺を誘われながらも、一度口火を切ったからには止まれなかった。
「そもそも最初からおかしかったよね。僕みたいなクズと、女が好きって事以外真人間の名前ちゃんがまともに付き合える訳無いじゃん」
「…何でそんな事言うの」
「あれだけ優しくされたり、頼りにされたら期待しちゃうでしょ。友達以前にそういう感じで見ちゃうから」
「え?………ええっと、それって…」
「あいつと随分楽しそうに話してたよね。同じ顔だし気楽に話せるんならもうあいつでいいんじゃない」
思ってもない事だってすらすら口から出てくる。何が悲しくてあいつをけしかけなくちゃならんのだ。名前ちゃんの表情に色が戻り、何か焦った様な物になる。
「待って待って!カラ松くんの事ならさっき会ったばっかだし、お互い何も知らないよ。共通の話題があっただけ。一松くんの事で」
「は…?あ、成程、陰口ですかね」
「っそういうのじゃないから!一松くんは私を笑いながら陰口言う様な人間だって思ってるの!?」
「……お、思ってない、けど…」
「なら良かった」
心外そうな詰問口調に萎縮してしまう。確かに、名前ちゃんはそんな鬱屈した事をしそうにない。首を振れば、彼女は納得した様に頷く。それから少し間を置き、戸惑いがちに口を開いた。
「……あの、さっきの言葉からまさかとは思ってて…でも自意識過剰になるのは嫌だから、ちゃんと一松くんが私をどう思ってるかストレートに言って欲しいんだけど…」
そういえば、どさくさに紛れてまるで名前ちゃんが好きみたいな事を口走った様な気がする。常々彼女については鈍感にも程があると思ってたけど、流石に引っ掛かったのか。
「………言ってどうなんの」
「よく分かんないまま君とさよならって全然納得出来ない…ストーカーになっちゃうかもよ。ほら、私そういうの得意みたいだし」
名前ちゃんは真っ直ぐ僕の目を見て言い放った。ストーキングするぞ、と脅されるのは生まれて初めてで、流石に狼狽える。そういえばそもそもトト子ちゃんを盗撮とかしてた訳だから、何しでかすか分かったものじゃない。僕なんかのせいで警察沙汰は流石に酷すぎるだろ。まぁ、言っちゃえばいいか。
「………名前ちゃんの事、好きだった」
「……あ、過去形なんだ……」
「いや、今でも…好き…だし、あいつにすげぇムカついてる…でも、僕には妬く資格なんて無いでしょ。だから、もう関わらない方がいい」
言いながらほんと惨めだと思った。笑える。名前ちゃんに深入りして勝手に期待して、彼氏でもないのに嫉妬とかして苛々してる。馬鹿以外の何者でもないよね。
「じゃ、言ったから…帰るわ」
今度こそ本当にさよなら出来る、そう思って名前ちゃんに背中を向けた。帰りづらいと思ってたけど、名前ちゃんやあいつが居ない所ならもうどこでもいいや。振られたって言えばおそ松兄さんだってもう構わないだろう。
「言い逃げは駄目だよ、一松くん。ちゃんとこたえたいからお時間ください」
ぐっ、とパーカーのフードを掴んで止められた。どうやら死体蹴りタイムが始まる、らしい。
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