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言い逃げは駄目、って何なんだよ。話が違うじゃん。フードを掴まれては振り解くのが難しくて、動けないまま振り返りもしない僕に、背後の名前ちゃんはふぅ、と一息吐いた。あ、これは多分長話になる。
「えっと…その…私、今までトト子ちゃんや女の子ばっかり好きになって、でもそんなの、私が好きでも、向こうは私を好きになる訳無くて。それが当たり前だけど、辛かったんだよね」
口を挟んじゃいけないんだろうな、とぼんやり思う。名前ちゃんが今まで抱えてきたらしい辛さとやらは、対象や理由こそ違えど僕と重なる。名前ちゃんは同性が好きだから、僕は自分に自信が無いから。だから報われない。彼女に惹かれたのだって多分、そういう失礼極まりない同調意識があったから。
「好きって言われたの、初めてだったよ。一松くんからそう思われてるの凄く嬉しいし…滅茶苦茶ドキドキしてる」
背を向けてるから名前ちゃんの表情は分からない。でも声は確かに嬉しそうで、気持ち悪がられていない事に安心してしまう。ほら、やっぱり諦め付いてないし、期待してるし。
「でもね、それって何かずるくないかな…」
しかし、続いた言葉は暗いもの。
「好きって言われたから好きになる、とか。現金っていうか…それは一松くんに失礼なんじゃないかなって…思うんです…」
―――ああ、結局そうなんだ。
尻窄みになる声は、言葉を選んではいるけれど、あまり意味が無いように思えた。だってそれってつまり。
「迷惑って事でしょ。いいよハッキリ言ってくれて。今更取り繕わなくても」
何だかんだで期待はしちゃったけど、元々振られるのは分かっていた。だから言葉を濁さなくても良い。寧ろ真綿で絞め殺されているみたいで気持ち悪い。言外にそう示せば、名前ちゃんは前からでも分かるぐらいはっとして、
「違うの、そうじゃなくて!好きだよ愛してるよ嫌われたら死んじゃうよ!?さっきだって死ぬって思ったもん!」
半ば自棄になった様な、必死な声に面食らってしまう。いやいや、無いでしょ。僕なんかに嫌われた所で死ぬとか。ていうか、え?今好きって言った?
「…大丈夫?頭打ったせいでおかしく、」
「なってません!」
「っぐ、ちょ、絞まってる!絞まってるから!」
ムキになったみたいな名前ちゃんにフードが強く引かれて首が絞まる。
「あ、ご、ごめん…つい……」
真綿で絞め殺されるのは嫌だってさっき思ったけど、かと言って物理的に絞め殺されるのもどうかと思う。名前ちゃんはやっと手を離し、けれど僕がまた逃げると思ったのか、今度はパーカーの裾を握った。
「…私、ちゃんと一松くんの事好きだよ。こんな必死になるなんて自分でも思ってなかった。吃驚してます…」
分からせる為に殺されかけた僕が一番吃驚してるけど。
「あー、えっと…今まではね、男の人と好き合うのが自然な形だってのは分かってたけど、男の人と深く関わったりもしなかったし、特別な感情持った事も無かった。でも、一松くんに私の秘密知られて、話を聞いて貰って、親よりもトト子ちゃんよりもずっと本音で話せてたの。特別だって思ったのも本当だよ。それが好きかどうかってのは…さっきまで全然、考えてもみなかったけど」
畳み掛けるみたいに呟かれたそれ、意味を少しずつ飲み込んでいくと、凄く僕に都合の良い事を言われてる気がした。それでも途中出てきた名前に引っ掛かる。トト子ちゃん。僕たちの共通の幼馴染。名前ちゃんの想い人で、自信と魅力に溢れた可愛い女の子。
「…トト子ちゃんの事はやっぱり諦められないと思う。私にとって、あの子はずっと可愛い女の子だから」
「……ん」
「………多分、これが一番ずるいんだろうね」
「…別にいいよ」
名前ちゃんの中にある、十数年来のトト子ちゃんへの思いがそう簡単に消える筈も、僕に対してあるらしい好意がそれに敵う筈も無い。そんなのは分かってる。
「…トト子ちゃんならまだいい。ただ、名前ちゃんが男と関わってても嫉妬していい立場が欲しい」
これは本当の本当に本音だった。名前ちゃんのトト子ちゃんに対しての思いを聞いても正直そんなに暗い感情を抱く事は無かった。でも、あいつと笑い合っていた名前ちゃんを見た時は本当にムカついたし、彼氏でもない僕がそう思う事自体が筋違いだっていうのが何より苦しかった。だから、そう思っていい立場になりたい。
「………うん、良かったら貰ってください」
彼女からの返事は、僕の背中に吸い込まれた。
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