▲魚は探った





「名前ちゃん、最近どう?」


 ここ最近お互い忙しかったトト子ちゃんと久しぶりに会い、少し足を伸ばした所にある喫茶店でお茶する事にした。彼女はミニパフェのアイスを崩しながら問いかけてくる。主語を抜かしたその質問に、私は首を傾げる事しか出来ない。


「どうって…?」
「もう、にぶちん!一松くんと付き合い始めてからどうなのって聞いてるの!」
「えっ」


 トト子ちゃんからそんな事を聞かれるなんて思ってもみなかった。


「ど、どうもこうも…まだこないだの事だし…そんな特別何かがある訳でも無いけど…」
「ふーん?セックスもまだなんだ」
「し、してないよ!っていうかちょっと、トト子ちゃん!?」


 あまりにも直球と言うか、そのものずばりで言い過ぎじゃないか。トト子ちゃんがセックスとか言った…!これ絶対六つ子の誰かの悪影響だよ。長男辺りかな。今度会ったら文句の一つや二つ言わなきゃ。場合によっては手が出るかもしれない。テーブルの下で拳を握る私にトト子ちゃんは気付く訳もなく、形の良い唇を尖らせる。


「…それにしても、名前ちゃんも酷いわよねー。トト子に内緒で一松くんと仲良くしてたなんて」


 う、と喉から引き攣った声。六つ子と仲良くしないでとお願いされたその日に一松くんを呼び出したり、彼の告白を受け入れてしまった訳で、これには流石に罪悪感があった。


「ごめんね…ちょっと悩みがあって相談に乗って貰ってただけだったから…言う事でも無いかなって思って」
「でもあっという間に恋人になってるじゃない」
「そ、それは……結構勢いっていうか…」
「勢いねぇ…?名前ちゃんがそんな勢い任せな子だったなんて初耳ー」
「……その、ええっと…」


 自我が強くしっかりしているトト子ちゃんには口で勝てない。語気が弱くなる私とは反対に彼女の言葉はどんどん鋭さを増していく。居た堪れなくなり、もごつく口をカップに押し付けた。


「じゃ、トト子が別れてって言ったら別れられる?」


 その爆弾発言には飲んでたラテが変な所に入った。


「っう、げっほ…!…わ、別れて欲しいの…?」
「質問を質問で返さないの」


 咳き込みながらも浮かんだ疑問をぶつければ、ぴしゃりと跳ね除けられてしまう。トト子ちゃん強い。
 別れて、とトト子ちゃんに言われたら。私はどうするんだろう。彼女への昔からの思いは変わらず燻っているし、一松くんもそれを承知で好きだと言ってくれた訳だけれど。


「……一松くんを好きなのは本当だから…別れられない…かも」


 だからこそ、彼を裏切る事は出来ない。中途半端で卑怯な私を受け入れてくれた一松くんに失礼だし、それよりも何よりも、彼を受け入れたのは紛れも無く自分の意思だった。


「なるほどねぇ…」


 トト子ちゃんの言葉に対して折れなかったのは初めてかもしれない。彼女は特に不快な感情を見せる事無く、それどころか含みのある笑みを浮かべていて、息を呑む。溢れる愛らしさの中に見せる、偶の大人の表情。やっぱりトト子ちゃんは魔性だ。


「トト子ちゃん…答えたからトト子ちゃんにも答えて欲しいんだけど…」


 けれど、見惚れているだけでは何も進まない。先程の質問に答えが欲しい、そう伝えれば、


「んー、別れて欲しいかって?勿論よ!」


 返ってきたのは屈託の無い笑顔での肯定だった。


「な、何で…!?」


 まさかそんな簡単に頷かれるとは思わず、動揺する他無い。トト子ちゃんはそんな私を楽しげに見つめながらパフェをつつく。


「だって、休みの日に遊ぼうって思っててもー、トト子より恋人の一松くんを優先するんでしょ?」
「そんな事は…どっちを優先するとか無いし…」


 トト子ちゃんと一松くんでブッキングした事はまだ無いけれど、その場合は普通に先約の方を取るだろうな、と思う。今まではトト子ちゃんを最優先だったかもしれないが、恋人になった一松くんだって大切だ。どっちを取るかなんて考えられない。


「あー、もう、いい子ちゃんなんだから!名前ちゃんのそういう所が可愛いのよね」


 頬を膨らませて放たれたその言葉に耳を疑う。か、かわいい…?可愛いの権化であるトト子ちゃんがそんな事を私に言った…?


「トト子ちゃんどうしたの…?今日は何かおかしいような…」
「えー?そんな事無いわよ」
「…そ、そうかなぁ…」


 トト子ちゃんは何でもないかのように首を傾げた。まぁ、お世辞というかノリで言ったんだと解釈すれば、納得出来ない事も無い。少し吃驚したけれど、他意は無いんだろう。うん。


「ねぇ、名前ちゃん」
「…ん、なぁに?」
「トト子、お世辞なんて言わないし、名前ちゃんとずっと友達で居るつもりもないから」
「……え?」
「覚悟しておいてよね?」


 何を、と聞き返す勇気は無かった。
 ―――他意は無いんだよね?




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