No.17
バァンッ!!!!
勢いよく閉められたドアの音に思わず目を瞑り肩を竦めた。
……キャプテンが怒っていた。
日付が今日に変わった頃、いつものようにペンギンさんたちと何人かでお酒を飲みに出かけたキャプテンは一人帰ってこなかった。
キャプテンより先に帰ってきたみんなが意味ありげな笑いを浮かべ「キャプテン今日は帰らないかも」などと言う。
もちろん、その理由が分からないほど子供な年齢ではない。
これ以上待つ必要ないだろうと、一度ベッドに入ったが、なんだかもやもやして眠れない。
ジクソーパズルのピースが揃わないようなもやもや感。漠然とした不安感。
ここで自分以外の誰かと暮らすようになってしばらく、ずっと絶えず皆が居る安心を与えられ続けてきたから、私はすっかり甘くなってしまったらしい。
落ち着かない時は、ベッドからフワフワ毛皮ソファーに移動して体を丸めて寝転べば、すぐに眠れるはずなのに、今日は全然眠れない。
寝返りの回数も何回打ったか分からなくなった頃、諦めてキッチンで食事の下ごしらえをすることにした。
そろそろスープも出来上がりというころ、キッチンの扉が開き、キャプテンが顔を覗かせた。
カチリ。
心の中でパズルのピースが嵌る音がして、一気に訪れた安心感に緩やかな眠気が訪れるのを感じた。
いつものように「おかえりなさい」と告げると、少し驚いた表情だったキャプテンの目がみるみる鋭くなり眉間にしわが拠った。
なぜ彼が怒っているのか全く分からないが、その怒りの表情とオーラに心臓が縮み上がるのを感じて動けないでいると、キャプテンは一言も発することなくキッチンを出て行った。
彼の去ったキッチンには、甘い香水の香りが残された。
結局その日、私は一睡もすることが出来ずに朝を迎えた。
夜中の内に、ほとんどその日の下ごしらえを済ましていたため、寝不足の体でも何とかできるくらいその日の仕事は楽だった。
朝食を片付けた後は、ベポが船番だというので甲板に座るベポの腕に頭を預けてボーっとして過ごしていた。
いつもなら島にいる間くらいはと、お布団を日に干したり、ここぞとばかりに甲板を掃除したりするのだが、今日はとてもそんな気にはなれない。
島にいる間くらい休めといつも言われている言葉に今日ばかりは甘えよう。
帰ってから未だ船長室から出てこないキャプテンの事が少し気がかりであったが、今日ばかりは彼を起こしたり食事に誘ったりする勇気はなかった。
島のほうに向かって座りながらリンゴに噛り付いているベポが口を開いた。
「ハルー、起きてる?」
「うん。おきてるよ。」
「ねぇ、ハル、寝不足?昨日寝てないの?」
「ん……。なんか眠れなかったの。」
「キャプテン待ってたの?」
「……そういうわけじゃ、ないんだけど……。」
「嘘だよ。俺知ってるもん。ハルは船にクルーが揃わないと寝ないんだ。」
「ふふふ。ベポは一番最初に寝ちゃう癖に。」
「俺だって、たまに夜中起きるんだよ。おなかが空いて。島にいるときは絶対ハル起きてる。」
「ああー、冷蔵庫のおやつがたまに消える理由がわかったよ。」
「げ。しまった……じゃなくて!ハルはさ、なんで皆を待つの?先に寝ればいいのに」
「…………わたし、皆におかえりって言わないと、ダメみたい。安心できないみたいなの。」
「……なんで?」
少し迷ったが、この甲板にベポと私しか居ないのを思い出して、まぁいいか。と話すことにした。
「わたしの父はね、漁師だったの。小さい頃ね、いつものように“いってらっしゃい”って送り出した父が嵐に巻きこまれて帰ってこなかった。
母はすごく塞ぎこんでね。ある日“ちょっと行ってくるね”って出て行った母は父の墓前で毒を飲んで倒れていた。
それからね、弟と2人で暮らしたの。私が働いて弟を育てたのよ?すごいでしょう?
でもね、父母は家は残してくれたけど、お金はそんなに残してくれなかったから、子供二人、正直生活は苦しかった。
近所の大人を手伝って僅かなお小遣いを貰いながらのその日暮らし。弟には沢山我慢をさせたと思う。
弟は、12の誕生日に海兵の試験を受けると言ったの。
海兵ってね、一番下の階級の兵でも、一応寮に入れて生活が保障されて、少しばかりの報酬が出るの。
弟は、試験に通ったみたいで、そのまま家には戻らなかった。」
ベポが、私の話の合間に溜息のような小さな声で「……うん。」と相槌を打つ。
「わたし、家族の誰にもおかえりって言えてないの。だから、言いたいんだとおもう。このクルーの皆に。“おかえり”って。言えば、安心するの。わたしの勝手で待ってるだけだから、何時になっても構わないの。だから、ベポもきにしないで。」
「……んー。」
静かに聞いていたベポが、ここで小さく考えるように唸り、そしてしばらくして納得したように「うん。」と頷いた。
「じゃあさ、ハル、寝れなかったときはお昼寝しなよ。いっつも働いてるからさ、倒れちゃうよ。」
優しい彼の気遣いに、嬉しく素直に頷いた。
「うん。今日はご飯以外のお仕事お休みにする。お昼寝する時はベポの肩借りにくるからね。」
「うん!いつでも付き合うよ!!」
私の話を真剣に聞いてくれた心優しい白熊さんは、最後ににっこり笑って私の頭をやさしく抱きしめてくれた。
春島の優しい風が、私の頬とベポの柔らかい毛を撫でて、30分ほどの短い時間だけれど、私はベポの腕に包まれてぐっすり眠ることができた。
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