No.18-side:LAW




込み上げる頭痛に顔を顰めながら目覚めた。
2日酔いで目覚めるなんて何年ぶりか。最悪の目覚めだ。

ベポと同様、無条件にただただ可愛かったハルに、えも言われぬ怒りを抱き、本人に理由も伝えず、言葉さえもかけず、八つ当たりのように怒りを露にしてこの部屋に戻ってから、瓶に半分ほど残っていた酒を一気に空けた。
強い酒を飲むほど頭の芯はクリアになるような気がして、また今夜も眠れないのかと、軽く絶望しながらベッドに横たわった。

目を瞑ると、俺の表情の変化とともに笑顔を徐々に強張らせる先ほどのハルの顔が何度も頭に浮かぶ。

ズキズキと痛み続ける胸に舌打ちしてから枕に顔を押し付けた。
絶対寝れないと思っていたが、酒のせいか、2日徹夜したせいか、それとも久々の情事の後だからか、意外にもあっさりと俺は眠りにつくことが出来た。


熱いシャワーを浴び、ペットボトルの水を一気に飲んだら、少しすっきりした。
机の引き出しから以前調合した薬を取り出し、ペットボトルに僅かに残った水で流し込む。

時計を見ると昼を少し回った時刻を指している。
このまま少し休んでれば夕方までには回復するだろう。
ソファーに大量に置いてあるクッションに身を沈め、もう一度目を閉じた。


−コンコン

ポスポスという音と混じってドアがノックされる。
この独特なノックの音はこの船で一人。


「キャプテン。入るよ。」

「ベポ。なんだ。」

「キャプテン、サンドイッチ持ってきた。」


片目を薄く開けてベポを見やれば、その手にクロワッサンのサンドイッチが乗った皿が見えた。


「いらねぇ。お前が食え。」

「……でも、ハルが少しでも食べたほうが良いって。」


ハルという言葉に思わず顔を顰める。


「いらねぇつってんだろ。」

「……キャプテン。」


いつもなら食う事に貪欲なこの白熊は食い物を譲れば次の瞬間には口に入れているというのに、なぜかこいつは俺の前にサンドイッチの皿を置いた。

一体どうしたってんだ?訝しげにベポの顔を見上げると、こいつは今にも泣きそうな顔で俺を見下ろしていた。
物言いたげな陰気な顔に、思わず舌打ちをする。


「なんだっつーんだ?お前は。」

「……キャプテン。俺、見てたんだ。昨日の夜中。」

「夜中?」

「おなかが空いて、キッチンに向かったら、キャプテンが帰ってきたところだった。」

「…………。」

「キャプテンが出て行ったあとキッチンの窓を覗いたら、ハル、泣きそうな顔してたよ。」

「……しるかよ。」


驚いた。いつもどのクルーよりも先に床に入るこいつがそんな時間に起きていたなんて。
しかも、俺に説教か?ベポのくせに。


「キャプテン。ハルがさ、故郷に家族が居ないのを知ってるでしょう?」

「んー?ああ。……まあ、な。」

「ハルが小さい頃、ハルの両親は「行ってきます」って言って出かけたまま死んじゃったんだって。弟も海軍になるって家を出たっきり戻ってないって。」

「……。」

「ハル……自分は家族の誰にも「おかえり」って言えてないって言うんだ。だからこの船の皆には言いたいんだって。言えば安心できるんだって、そう言ってた。」

「……それをなんでお前が言うんだよ。」

「キャプテンだって、わかるでしょ?ハルは自分からそんな事言わない。甘えられないんだ。小さい頃両親を亡くして、子供なのに弟のお母さん代わりで暮らしてきたんだ。
弟が居なくなった後は独りぼっちだったんだよ。人に甘えることも、何かを買ってもらうことも出来ない。甘え方もねだりかたも知らないんだ。」


どこか感じていたあいつの違和感に、今ようやく合点がいった。
確かに、あいつから何かを望むことはなく、そのくせあいつはいつも誰かの為に動いている。
あいつは何かを買い与えてやろうとすれば困った顔で言葉を詰まらせながら拒否をする。
あいつは人に与えられるのが苦手なくせに人に与えることは大得意なんだろう。


「……キャプテンが、昨日なんで怒ったのかは、俺……わかんないよ。わかんない、けど……。」


俺だってわかんねーよ。ベポの話を聞いて黒い怒りは消えたが胸の痛みは酷くなって俺を苛つかせた。


「……お願いキャプテン。ハルと仲直りしてよ。……ハルはもう、他のクルーのお母さんみたいになっちゃってるから、おれ、心配なんだ。
だから、この船でハルを甘やかしてあげられるのはキャプテンかペンギンだけだと思うんだ。」

「なに……あいつ母親になってんのか?」

「うん。毎日みんなの為にいっぱい働いて優しくしてくれて、笑ったり怒ったりする。
ホントにお母さんみたいなんだ。キャスケットなんか、今日も靴下脱ぎっぱなしで注意されてたよ。」


少し明るい声に戻ったベポの話を聞きながら、目の前のソファーテーブルに置かれたサンドイッチを見つめた。
こんがりとしたパンの間から、たっぷりの野菜とスモークサーモンが覗く。

2日酔いで食欲なんか少しも沸かなかったはずなのに、妙にそれが美味そうに見えて、徐に手を伸ばした。
一口齧りつくと、少し甘いクロワッサンに塩気のあるサーモンとフレッシュな野菜とドレッシングが絶妙に旨い。


「キャプテン、美味しい?」

「……うまい。」

「でしょう?!ハルが買出しのときに美味しいパン屋さんみつけたんだって。クロワッサンが一押しらしいよ!」


次々サンドイッチに食らいつく俺をうれしそうにベポが見つめる。

でかいクロワッサンのサンドイッチはあっという間になくなった。
ドレッシングが僅かに垂れた皿をベポに差し出せば、嬉しそうにそれを受け取ったベポは勢いよく立ち上がり、この部屋に入って来た時とは断然軽い足取りで部屋を出て行った。

ベポが出て行ったドアを見つめながら、今の話を反芻する。
この船であいつを甘やかせるのは俺とペンギンだけ……か。

……なら、その役は当然俺だろう。

随分と二日酔いが軽くなったように感じるのは薬のお陰か、それとも空腹を満たしたからか。
もう一度クッションに身を預け、静かに目を閉じた。


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