No.19




その日も、街に行っていたクルーたちが一旦船に帰ってきて、キャプテン達と連れ立って酒場へ繰り出すようだった。

昨夜のキャプテンの様子を思い出すと少し心が沈んだが、隣にベポが居てくれたのでいつものように皆と甲板まで出ることにした。
酒場へ行くいつものメンバーが私やベポに話しかけたり頭を撫でたりしながら船を降りていき、最後に続いたキャプテンが此方を振り返り些か緊張した。

鋭い目で私を見たので、思わず心臓が竦みベポの手を握る。
ベポを見上げると彼は優しく目を細めたので、勇気を振り絞り、いつも通りキャプテンに「いってらっしゃい。」と告げた。

告げたものの、やはり少し怖い。
たぶん、私は今すごく情けない顔をしている。早くキャプテンが行ってくれれば良いのに。と思いながら俯く。

すると、キャプテンの刺青だらけの手が視界に入り、私の顔へ伸びた。
流石に殴られることはないと思うが、反射的に思わず目を瞑りベポの手をいっそう強く握るった。

ふわりと頬にぬくもりが触れ、恐る恐る目を開けると、触れていたのはキャプテンの手のひらだった。
驚いて見上げると、キャプテンは少し困った顔をして「怯えんなよ」と言った。
そして、私の目を覗き込んで子供に言い聞かせるように話し出した。


「ハル、俺らは今日も遅くなる。だが、必ず戻る。いいか?俺らを待たずにお前は先に寝てろ。どんなに遅くなっても、お前を叩き起しても、船に戻ったら一番にお前に顔を見せにいく。……な?」


キャプテンの思わぬ優しい声と言葉に驚き、目を見開いた。
キャプテンは、私の頬に添えていた手でそのまま頬をぐにっと摘むと「それに、夜更かしは肌が荒れるしな。」と言い、にやっと笑って甲板から下へ飛び降りていった。

横に立つベポを見上げると、ベポはバツの悪そうな顔で目を逸らし「ごめん……。」と謝った。
口の軽い白熊め。でも、なぜかちっともベポに怒る気にはなれなかった。
キャプテンに抓られた頬がふんわりと熱くくすぐったかった。


「−−っ?−……ハル!!ねえ!!」

「え?……あ、ごめん。ベポ、なぁに?」

「タオルもアイロンかけるの?」

「……え?…………あ。」

「疲れてるんじゃない?もう寝たら?」

「あはは。大丈夫。ちょっと間違っただけだよ。」


いつも通りに船の仕事をしているのに、ふとさっきのキャプテンの声が蘇る。
初めて見る優しい目で、初めて聞く優しい声で。
きっと優しくなったのはベポが何か話したからなんだろうけど、ますます昨日の怒ったキャプテンが何だったのか考えてしまう。
未だに、彼が何に怒ったのか分からないし、私が怒らせたのなら謝ってもいない。


−先に寝てろ。どんなに遅くなっても、お前を叩き起しても、船に戻ったら一番にお前に顔を見せに行く。


……本当に?
やはり、私が待ってるの迷惑だったのだろうか。
だから、あんな風に優しくごまかして、待たせないようにしようと……。

浮かんだ思考を、頭を振って否定する。
ううん。キャプテンは嘘を吐く人じゃない……はずだ。

キャプテンの言葉が、嬉しいけど、不安。
隣でココアにどんどんマシュマロを入れてスプーンで掬って頬張っているベポに抱きついた。


「ぅわっ!!熱っっ!!……ハル?!びっくりしたー。どうしたの?眠い??」

「……ううん。眠くない。」

「嘘。さっきから、ハル変だもん。ボーっとしたり、今みたいに急に抱きついたりさ。……部屋に行こう?俺ももう寝る」


クワッと大きな口をあけてベポが大欠伸をして見せた。
……ほんとに眠くないんだけどな。
ていうか、まだ一人になりたくない。


「ベポ。もうちょっとお話しようよ。」

「えー。だってもう、11時だよ。俺眠い」

「ハル!じゃあ、俺らとポーカーしようぜ。明日の風呂掃除賭けてんだ。お前も混ざれよ」

「駄目だよ!!ハルは今日は寝るんだ!」


ラウンジで私たちの近くでポーカーをしていたクルーの一人が私に声を掛けたら、ベポがすごい勢いでそれを断った。


「……なんで駄目なの?私、まだ眠くないよ?」

「だって、キャプテンに言われてたでしょ?ちゃんと寝なきゃ。」


そう言って、ベポは私の腕を掴んでどんどんと部屋へ歩き出してしまった。


「ベポ。」

「ん?」

「……じゃあ、今日、一緒に寝よう?」


どうしても誰かと一緒にいたくてベポにそう言うと、ベポはひどく驚いた顔で立ち止まった。


「……珍しいね。ハルがそんなこと言うの。でも、俺歯軋り凄いし、一緒に寝るのはやめた方がいいよ。」

「……ごめん。だよね。こんな我侭言って……子供みたい。」


急に自分の発言が恥ずかしくなった。
ベッドに入るのを嫌がって嫌がって、しまいには一緒に寝ようなんてとんだ駄々っ子だ。
すると、ベポは慌てたように「違う違う」とぶんぶん首を振った。


「違うよ!ハル!全然我侭じゃないし、子供みたいじゃないよ!むしろハルはもっと我侭言ったり甘えていいんだ。俺はハルに甘えてばっかりだから無理かもだけど……。」

「……そんな!わたしなんか、もう甘える歳じゃないよ。」


苦笑いをしながらベポに返すと、ベポは困ったように笑いながら掴んでいた私の腕を放し、手を取って握りなおした。


「俺たちクルーの皆はさ、ハルが大好きで甘えてるんだ。ハルが甘やかせてくれること知ってるから。」

「……そう?」

「うん。そうだよ。好きな人には甘えたいんだ。でもさ、甘えてくれるのも嬉しいでしょ?ハルも甘えなよ。ペンギンとかさ、キャプテンなんかは一杯甘えさせてくれるよ。俺もキャプテンによく甘えるし。」

「そんな……甘えろったって、どうしたらいいかわかんないよ。」

「さっき、俺に少し甘えてくれたじゃない。」

「そんな!!!ペンギンさんやキャプテンと一緒に寝るなんてできないよ!!」


なに言ってんの!この白熊!!!
一緒に寝るなんて、熊に言うのとヒトに言うのは全然意味合いが違う。
私が慌てて返すと、首を傾げて「ふうん?」なんて言ってる。
自分の言ってる意味わかってないの?この子……。


「まあ、いいや。とにかくさ、ハルにはちゃんと甘えさせてくれる人がいるよ。って話。」


さ、行こっか。と笑って再度歩き出した。

部屋に着いて、とりあえずベッドに入ったものの、やっぱり眠れそうにない。
皆を出迎えてないからか、それともキャプテンとベポの話に動揺してるのか……とにかく胸がざわついて落ち着かない。

掛け布団を引きずって、フワフワソファーに移動した。
毛皮の長い毛が私の頬をくすぐる。
昨日のキャプテンや、今日出かける前のキャプテン。さっきのベポの言葉がぐるぐる回る。
目を瞑り、深く呼吸を繰り返していると、いつの間にか浅く寝始めたらしく、頭のグルグルは夢に切り替わり、いつの間にか深い眠りへと徐々に落ちていった。


[*prev] [next#]

ALICE+