No.20-side:LAW




その日、船に戻ると、ラウンジに数人クルーが残っていただけで、あとは静かなもんだった。


「あれ?ハルがいない。めずらしーなー。」

「もう、寝てんじゃねえか?あいつ、働きすぎだからな。疲れてんだろ。」


一緒に戻ったクルーが、居ないハルに気づき、あいつの話をしはじめた。


「俺、あいつのオデムカエ気に入ってんだけどなー。」

「はは。分かる分かる。さりげなく氷水とか持ってきたりな。気が利くよな。」

「そうそう、たまにエプロンしたまま出てきたりするとマジで嫁かと軽く錯覚して抱きしめそうになるぜ。」

「お前、そりゃ酔いすぎだ!」


ギャハハハ!と笑いながら話すクルーの後頭部を、持ってた刀の柄で殴っといた。
「んな?!え??キャプ……?えええー?!なんでっすかー!」とか叫んでやがる。
何が嫁だ……あほか。

あいつは、ユニフォームのつなぎがでか過ぎる為、服を買ってやった後はあいつだけ私服で過ごしている。
料理をする時や、掃除のときなどはそれぞれ専用のエプロンがあるらしく、私服の上からそれをして仕事をしているのをよく見かける。

やっぱり、あいつサイズのつなぎを作らせて、つなぎで仕事をさせるべきか……。
考えながら、自室に向かい、部屋のドアノブに手を掛けたところで「ああ、そうだった」と思い出して隣の部屋のドアを開けた。

小さくランプが付いた薄暗い部屋のベッドは空で、居ないのか?と思って見渡すとソファーの上に布団の塊があるのに気づいた。
近づいてみると、盛り上がった布団の中に埋もれるようにハルが寝ているのが見える。

……なんでベッドでねないんだ?
ソファーの前に跪いて、ハルの顔を覗き込む。
肌は透き通るように白く、頬はほんのり色づき、閉じられた瞼からは長い睫毛が伸びていて、その寝顔は成人した女とは思えない幼い少女のようだ。
ふっくらとした口元からはスゥスゥと可愛い寝息が聞こえる。
叩き起こしてでも顔を見せると言ったが、こんなに気持ちよさそうに寝てたら無理に起こすわけにはいかないな……。

とにかく、ソファーじゃ疲れなんかとれないだろう。
ベッドに運ぼうと首の後ろに手を入れると、少し身じろいだハルが小さく「……キャプテン」と呟いた。
起こしたかと少し焦って顔を見るが、相変わらずスゥスゥと寝息を立てている。
寝言か……。
ほっとすると同時に、寝言で俺を呼んだ事が妙に嬉しく、途端にこいつを愛しく思った。

ベッドへ運び、ソファーから布団をもってきて肩口まですっぽり掛けてやる。
その場を去る前に頭を撫で、柔らかい頬にキスをひとつ落とした。
立ち上がろうとすると「……キャプテン?」と声がする。
もう一度腰を落とし、顔を見ると目が薄く開いている。


「ただいま」


ハルのおでこに手を乗せて、静かにそう言うと、ハルは寝惚けたままの顔でふにゃと笑みを浮かべた。


「おかえりなさい……キャプテン……うれし……ホントに来てくれた……。」


少しかすれた声でそう言って、口元に笑みを浮かべたまま、またゆっくり目を閉じた。

……なんだコイツ。
まぁ、元々可愛いとは思っていたが、こんなに可愛かっただろうか?
ぎゅうと胸を掴まれたような感じがして、吸い込まれるように唇にキスをした。
キスした瞬間に動悸が早くなり、こんな軽いキスじゃ足りない、もっとと欲がでたが、寸での所で思いとどまった。

おちつけ、おちつけ俺。
コイツはハルだ。……俺、酔っ払ってんのか?
ハルの長い睫毛の上に唇を押し付けてから、自室に戻った。

ソファーに腰を下ろし、背もたれに体を預け、上を向いて手の甲で目元を覆った。
なんださっきの衝動は。こんなの……どうかしてる。
ハァーとため息をついて、じっとしていると、頭の中で昼間のベポの声が蘇った。


「この船でハルを甘やかしてあげられるのはキャプテンかペンギンだけだと思うんだ。」



……やりたくねぇなぁ……ペンギンに。
ふと沸き起こった思考に、そうだそうだ、誰にもやりたくないのだと自分の感情に納得した。
これは独占欲だ。さっきのキスの衝動の動機が判明した。

あいつ……俺だけに懐いてりゃ良かったのに。
そうすれば、思いっきり甘やかせてやるのに。
閉じ込めて、抱きしめて不安なんか感じさせないほどにキスしてやりたい。

いや、やっぱりおかしい。
独占したいだけなら、ハグもキスもいらないはずだ。
なんだ、これじゃ俺がまるでハルを……。

は……、まさかハルを……?

俺が?

……こりゃいい。この俺がただの女ひとりに心を掻き乱されてんのか。

今まで、どんなに美人な女にだって、セックスの上手い女にだってこんな感情抱いたことない。
珍しい事もあるもんだ。

やっぱ、あいつは面白れぇ女だ。
俺は「ハハハハ」と声に出して笑いながらソファーの横の窓を見た。

窓の外、 水の中に沈んでいない夜の海は、月に照らされてひどく明るかった。
ザッと音を立ててカーテンを引き、丸く大きな月を視界から隠した。


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