No.23
油断するとすぐ崩れてしまう石に足をとられないように、慎重に岩場を登る。
キャプテンは、あの長い足でなんでもないようにヒョイヒョイと結構急なこの斜面を登っていく。
この島では、誰も入り込まないような入江があり、今回はそこに停泊しているのだが、街に続く道に出るには岩場の斜面を越えなければならない。
他のクルー達は皆、運動神経も人並み以上でこんな岩場ものともせず上り下りしているのだけど、どんくさい私はここを越えるだけで息が上がってしまう。
「抱えて登ってやろうか。」
「け、けっこうです。」
途中で足を止め振り返ったキャプテンが意地悪そうに笑いながら言った。
くそう。苦々しく思いながら少し睨み付けるとクスリと笑ったキャプテンは「ホラ。」と両手を出してきた。
意味が分からず差し出された手を見つめると、呆れたように「いいから手だせ」とキャプテンが言う。
その手に自分の両手を重ねると、ぐっと上へ引っ張り上げられ、足元が浮いたと思うと1mくらい上の岩へ降ろされた。
「そこ、崩れやすくなってたから。」
そう言って、キャプテンはまた手を離しヒョイヒョイと飛ぶように斜面を上がっていった。
「ありがとうございます」と小さくつぶやいて、また足元を見つめながら慎重に歩を進めた。
キャプテンが軽食を摂った後クルー達の昼食の準備にキッチンに戻ると、ベポが洗濯を終えたと報告に来てくれた。
掃除はほとんど朝のうちに終えてしまっていたし、あまり気は乗らなかったが、キャプテンの誘いを断る理由が無くなってしまった。
諦めてラフなTシャツとデニムパンツの格好から着替えた。
小花柄の生地に薄いガーゼ織の生地が重なっている柔らかな黄色いノースリーブのワンピースだ。
ガーゼの奥に花柄が透けて可愛い。
これに黄色いサンダルを合わせるのが最近気に入っている組み合わせだ。
ペンギンもそうだが、キャプテンもお洒落でとても格好良い人なので横に並んで歩くとなるととても気を使う。
「はぁ……やっぱりジーンズ穿いてくればよかった。」
斜面の最後でキャプテンに手を引いてもらいながら土の上に辿り着くと、引いてくれた手を離しながらキャプテンがちょっと嫌そうな顔をした。
「買出しじゃねーんだから、Tシャツにジーパンなんて色気なさ過ぎだろ。」
「このサンダル、岩場は歩きづらくって……。」
履いてきたのは大きなリボンが可愛いウエッジソールのサンダルで結構ヒールが高かった。
ヒールがある靴って階段や坂は上りはいいけど……。
「帰りどうしよう……。」
「ククッ。いざとなったら抱いて下りてやるよ。」
考えてたことが思わず小さく声に出ると、冗談ぽくキャプテンが返した。
「キャプテン、どこに行くんですか?」
「そうだな……お前どこ行きたい?」
「え?私は特に……。キャプテンがどこか行きたい場所があったんじゃ?」
「いや、別に。ああ、じゃあ適当に歩くか。」
キャプテンがどこか行きたい場所があるんだと思っていた。
しかしそういえば、ペンギンさんとの電話で、私を口実にしていた。
どうやら、このお出掛けは、彼の気まぐれらしい。
キャプテンは基本歩くのが速い人だが、どうやら今は私に合わせてくれているようで、小走りで付いていくような速さではない。
それに気を良くし、いつもは買出しくらいでしか降りない街を興味深く見ながら歩いた。
結構大きな街で、活気良く沢山の人が往来を行き来している。
急に、キャプテンにぐいっと手を引かれたかと思うと、大きな人が私とスレスレにすれ違って行った。
やば……ぶつかる所だった。
「……ったく、キョロキョロしてんな。そのうち迷子になるぞ。」
「……すみません。」
キャプテンはちょっと怒った口調で言うと、私の手を引いたまま歩き出してしまった。
「あの……キャプテン。」
「なんだ。」
「気を付けて歩くので、もう手を離してもらっても大丈夫です。」
「だめだ。お前小さすぎて逸れたら見つける自信ねぇ。」
だから気をつけるって言ってるのに……。
だって、まるでこれじゃ、恋人同士みたいじゃないか。
そこまで考えて顔を赤くするが、ふと横をみてショーウインドウに映った私とキャプテンの姿が視界に入る。
高いヒールを履いてもキャプテンと頭一つ分身長差があり、丸顔で童顔の私は大人の男の人に手を引かれている小さな少女にしか見えなかった。
つい今しがたまで、胸を締め付けていた熱い塊がスーッと冷えていくのを感じた。
……なにが恋人同士?我ながら自意識過剰もいいトコだ。
キャプテンの横に並ぶのは、背が高くて大人っぽくて、こんなフワフワした小花柄とか着ない、もっと色っぽい女性が似合うに決まってる。
ちょっとキスされたり抱きしめられたくらいで意識していたことが急に馬鹿馬鹿しくなった。
キャプテンは、ベポに対するように子供や動物を愛でる感覚だったのだろう。
そもそも、私とキャプテンは、海賊船の船長とクルー。それ以上の関係などありはしないのだ。
心の中で密かに芽生えていた気持ちの種を、自分でも見えないところに押し込んで隠した。
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