No.03




トラファルガー・ローが出て行ってから、入れ違いのようにカーテンの向こうの扉が開く音がした。


「ねぇ、君。入ってもいい??」

「……はい。」


低いが、懐こそうな声が聞こえた。
戸惑いながらも未だ震えが取れない上ずった声で了承をすると、控えめにカーテンが開けられ、そこから白熊が入ってきた。
大きなその体躯を目に入れた瞬間、身構える。

……この熊も森で見た。

と、いうか、この熊が目に入って思わず足を止めてしまったのだ。

そうか、トラファルガー・ローの仲間だったのか。
彼は熊とは思えないほど軽い身のこなしで、強そうな男達を次々倒していた。

白熊は手に持っていたトレイを私のベッドの横のサイドテーブルに置き、小さな丸椅子に腰掛けた。


「具合はどう……?」

 
彼が本当に気遣わしげにそう言うものだから、ほんの少し心の警戒を解く。


「えと、今のところ、脚以外は……平気です。」

「脚……そうだよね。ごめんね俺達のせいで、巻き込んじゃって。」

「うん……。でも、助けてくれたの、感謝してるんです……。」


私がゆっくりとそういうと、熊は嬉しそうに笑った。

白熊は恐ろしい動物だと思っていたが、彼独特の雰囲気と笑顔にこちらも思わず顔が綻んでしまった。
彼は良い熊なのかもしれない。


「見つけた時には気を失ってたからさ。良かった!目が覚めて。」

「あなたが、助けてくれたのね。ありがとう。船医さんにもお礼を言いたいのだけど……いらっしゃるかしら。」

「……え?来たでしょ?俺、さっき医務室の前ですれ違ったけど?」

「え?いらしたの??」

「なんだ。キャプテン。来てないの?呼んでこようか??」

「え?!キャプテン?!……あの、キャプテンて、トラファルガー・ロー……?……さん???」


つい敬称を忘れそうになる。


「あ、うん。知ってるの?」

「さっき、いらっしゃったから……。」

「うちのキャプテンは、お医者さんだからね。」

「……。」


驚きで言葉を失っていると、ふと手配書の彼の二つ名を思い出した。


『死の外科医』


それが何を意味するのか全く分からなかったが、本当にお医者さんだったのか……。

目の前の白熊に「知らなかった……後でお礼を言うわ。」と告げると、彼はにっこりして大きく頷いた。


「ね。俺ベポ。君の名前聞いていい?」

「私はハル。よろしくね。ベポ」

「ねぇ、ハル。お水とスープ持ってきたんだけどどう?」


あまりに邪気のない顔でトレイを差し出す白熊は、体はヒトより随分大きくはあるがまだ子供のような雰囲気を醸し出している。


「ありがとう。頂きます。」


すっかり警戒心なんかどこかに追いやってそう頷くと、彼はそっと私の膝にトレイを移動させてくれた。

グラスの水を口に含み、ホッと息を吐く。
乾きすぎて張り付いていた喉が潤い通るのを感じた。

あまり食欲は感じなかったが、せっかくなのでスープも頂こうとスプーンを手に取った。

一匙口に含み、思わずウッと口元に手を当ててしまった。

……しょっぱい……。濃い味どころの騒ぎじゃない。
この船のクルーはみんなこんな塩辛いものを口にしているのだろうか。

私の表情の変化をみたベポが、慌てて口を開いた。


「ああ!ごめん!!ハル……おいしくなかった?あのね、今コックがいなくて、その、みんなで交代で作ってるんだけど……うまくいかなくて……。」

慌ててしどろもどろになりながら説明するベポの表情はどんどん曇り、声が段々と小さくなる。

なるほど、どういう理由でコックがいないのかは分からないが、塩辛いスープの理由は分かった。
少し考えて、ベポに言った。


「あの……ベポ?もし良ければ私をキッチンに連れて行ってくれない?」

「……え?」

「あのね。脚がこんなだから、ベポに手伝ってもらわなきゃ無理なんだけど、このスープ、捨てちゃうのもったいないから良ければ手直しさせて欲しいの。」

「……そんなこと……できるの?」


私の提案に彼は戸惑いを含ませながら聞き返す。


「うん。せっかく美味しいお野菜使ってるから……ね?」

「でも、ハル。体……大丈夫?」

「……長い時間は無理かもしれないけど、少しなら。」


トラファルガー・ローの完璧な処置のお陰で、被弾したにしては自分自身すごく重傷であるという自覚は無い。
それでも正直、体は重くダルく、あまり動かしたくはなかった。
しかも、来て間もない場所で、こんな事おせっかい以外の何ものでもないことも重々承知していた。
でも、この目の前の優しい白熊の今日の食事も同じものだろうと思うとどうにかしてあげたかった。

掛けていたブランケットを半分めくるとベポが私の脚に響かないようにそっと持ち上げてくれた。
ブランケットをめくって自分の格好が変わっていることに気がついた。

森に居たときはピンクのワンピースを着ていたのだが、今は大きい白いバスローブを身に纏っていた。

左手で点滴のポールを持ちベポに身を預けると、ベポは揺らさないように慎重にキッチンまで運んでくれた。


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