No.33
医務室を小さくノックしてそっと開けた。
音を立てないようにカーテンを開けると、キャスケットは向こう側を向いて寝ているようだった。
床にバスケットを置き、サイドテーブルにトレイを置く。
キャスケットの枕の横に額に乗せていたタオルが落ちていたので、洗面器に入れ、熱の具合をみようと額に手を伸ばした。
「……つめて。」
「わっ、起きてたの?」
手のひらを額に当てた瞬間に、キャスケットがこちらを向いたので驚いた。
私の問いに、コクとキャスケットがうなずく。
「……あら、眠れない?」
キャスケットが微妙な顔で首を振る。
「スープ、熱いうちに食べれる?」
頷いて体を起こしたので、背中に枕を当ててあげた。
起き上がった彼の膝にスープボウルが載ったトレイを乗せる。
「はい、どうぞ。喉がね、固形キツイかなって思ってポタージュにしたんだけど、無理しなくていいからね。」
キャスケットがゆっくりとした動作で、かぼちゃのポタージュを口に運ぶ。
「……味しない。」
キャスケットが眉を下げて微妙な顔で呟く。
「味覚がおかしくなってるんだね。仕方ないよ。」
「……あ、今かぼちゃの甘みがきた。……たぶん。」
「ふふふ。気使わなくていいってば。」
風邪で味覚が狂っているらしいキャスケットを慰めれば、逆に気を使われた。
キャスケットらしくて、可笑しくなる。
それでも、一生懸命食べてくれる様子に安堵する。
「ごちそうさま。」
「ん。ミルクゼリーもあるけど、食べる?」
「今はいい……。」
「じゃあ、お薬ね。」
彼の膝からトレイを取り上げ、代わりに薬を一包渡す。
グラスに、魔法瓶から熱湯を少し注ぎ、ピッチャーから水を足し、微温湯を作って渡した。
サラサラと口の中に薬を入れ、グラスの水でごくごくと流し込み顔をしかめた。
「うぇ、まず。」
「薬だからね。」
すぐに横になろうとしないキャスケットに、バスケットからレモンと蜂蜜を出して熱いレモネードを作りマグカップを持たせる。
私のブランケットがカーテンの向こうの椅子に置いてあったのを思い出して、彼の肩に掛けてあげることにした。
かぎ編みで編んだオフホワイトのそれは、キャスケットの肩に掛かるには可愛らしくてミスマッチだが、冷えるよりは良いだろう。
キャスケットは、ブランケットを肩に掛けたり体温計を口に差し込んだりと、世話を焼く私にされるがままになりながら、熱いマグカップを両手で包み込んでぼんやりしている。
「38度7分。……まだ高いね。」
キャスケットの口から体温計を抜き取ると、薬袋の端に(38.7)とメモをした。
キャスケットは興味なさそうに、ズズズとレモネードを啜った。
「あったかいな。」
「うん。あったまって寝ると汗かいて熱下がるよ、きっと。」
帽子もサングラスも無く、頬を真っ赤にして猫背でレモネードを啜るキャスケットを、今更ながらレアだ……と興味深く見つめた。
視線を感じたのか、こちらを向いたキャスケットに誤魔化すように慌ててにっこりと笑いかけた。
「……なぁ、ハル。」
「ん?」
「俺、これから独り言言うけど、気にしなくていいから。」
「なにそれ。」
「……こたえなくていいから。」
「……わかった。」
堂々と独り言を予告されたのは初めてだ。
少し笑いながら了承すると、キャスケットがレモネードを見つめたまま表情を強張らせた。
「俺さ……。」
「うん?」
「お前が好きだよ。」
思いも付かなかった事を言われ固まった。
「あ、でも、だからってお前とどうにかなりたいとかじゃないんだ。」
動けないでいる私に慌てたようにキャスケットが付け足した。
「好きだけど、恋人にはならなくていいんだ。」
「そりゃ、両思いになれたら、それほど嬉しいことはねえけどさ。」
「お前、俺のことそんな風にみたことないだろ?」
「本当は、お前に気持ちを伝えるつもりもなかった。」
「いいんだ。クルー同士。友達同士で。」
ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐキャスケットの言葉を聞きながら、止まっていた思考が少しずつ動き出す。
彼の言葉を理解すると同時に目の前のキャスケットの輪郭がぼやけてきた。
「ごめんな。……嫌いで無視してた訳じゃないんだ。」
キャスケットが困った顔で私の頬を撫でた。
「……泣くなよ。」
気づけば私の目から流れていた水滴は、どんなにキャスケットの手で拭われても止まることはなかった。
彼の顔を見上げれば、彼の目にも水の膜が張っていた。
優しいキャスケット……。
大好きな友達……。
「……ごめんなさい……。」
小さい声でやっと呟くと、彼はブンブンと首を横に振った。
「……泣かないでくれ。ハル。」
そう言う彼の瞳からもポロポロと涙が流れていて、2人でしばらく言葉も交わさずに泣いた。
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