No.35-side:LAW
−バンッ!!
投げつけた本が大袈裟な音を立てて壁にぶつかり、広げて伏せた形で床に落ちた。
薄いページの何枚かが、自らの重さで斜めに折れているのが見える。
「……チッ。」
苛々している。
部屋に戻り本を開いても、目が文字の上を滑るばかりで全然頭に入ってこない。
自らが苛ついている理由が、明らかにクルーに対する餓鬼染みた嫉妬心だというのも気に入らない。
キャスは大切な人間だ。昔からの俺を知る一人。俺の理解者の一人だ。
あいつを医務室に運んだあと、何故かハルをあいつの所へ行かせたくなくて、自分が代わりに面倒をみると言いに行ったはずなのに。
「万が一でも、海賊船の船長さんが風邪なんかうつっちゃだめなんです。」
今なら言い返す言葉が次々思いつくのに、あの時はあの目に見つめられ何も返すことが出来なかった。
ハルがメシを持ってキャスの所へ行った後、自分の部屋へ戻ってみたもののなんだか胸騒ぎがして落ち着かなかった。
ペタペタという軽い足音が俺の部屋の前を通過したのに気づき、ハルが居るであろうキッチンに向かえば目を真っ赤に腫らしてやがった。
もしや、キャスのやつ……。
浮かんだ不安を口に出してみれば、明らかに図星と思える反応を見せたハルはバタバタと走り去った。
「くそっ……。」
目の前のローテーブルを軽く蹴り、ソファーの上に横になった。
キャスがハルに好意を寄せている事はハルがクルーになる前から知っていた。
バーベキューの時に言った言葉も牽制のつもりだった。
相手がそこ等辺の適当な男だったら……キャスじゃなかったらこんなに焦っていないはずだ。
自分がこんなに子供じみた行動をしてしまうのは、口には絶対出すことはないが、キャスがいい奴だと……知っているから。
俺に命を掛けてくれるあのひたすらバカで明るく純粋な男を、俺自身が心から信頼して、心から気に入っているから。
キャスが告白して…………それで、ハルは……どうしたんだ?
いや、一人で泣いていたのだからキャスの想いを受け入れたということはないだろう……。
俺は片足を伸ばして、もう一度テーブルをガンッと蹴り、目を閉じた。
−−
ベポが「キャプテンおやすみー」と顔を覗かせた。
もう、こんな時間か。と腰を上げる。
キャスの様子を一度見ておこう。熱で体の痛みが酷ければ眠る前に頓服を飲ませた方がいい。
腫れた喉が詰まって眠れないようなら吸入を……。
キャビネットから診察道具を出し、医務室へ向かった。
医務室の扉を開けると、デスクの上にブランケットを羽織ったハルが突っ伏していた。
……ったく、マジで風邪を貰うつもりか。
小さく舌打ちをし、カーテンを開けて、寝ているキャスに声を掛けた。
「キャス」
「……ん、あ……キャプテン。」
「眠れているようだな。もう一回体温測っとけ。」
「……はい。」
素直に口の中に体温計を入れるキャスを確認して、サイドテーブルに目をやる。
ピッチャーの横に置かれた薬の紙袋の端に(10:40/39.4,13:20/38.7,18:15/39.0)と走り書きを見つけた。
ハルの字だな。几帳面にも体温と測った時間を記録しているなんてあいつらしい。
手元のカルテに、ハルのメモを書き写し、キャスの口から体温計を抜いて今の時刻と共に記録した。
ペンライトで喉を覗き、聴診器で肺の音を確認する。
一通り診終わり、道具を箱の中へ片付けていると、俺を見上げていたキャスが口を開いた。
「キャプテン……。」
「なんだ。」
「おれ……。」
ささやくような掠れた声で俺に話しかけたキャスは、少し気まずそうな表情をしたあと決意したように話した。
「俺……ハルに告白しましたよ。」
「……そうか。」
何を言おうとしているのか察しが付いていたので、特別動揺することもなく、そのまま道具を仕舞う作業を続けた。
「……何もきかないんスか。」
「俺がそんなデリカシーの無い男だと思うか?」
道具箱から視線を移し、キャスを見下ろす。
キャスは顔を強張らせたあと、ニヘラと笑みを浮かべた。
「振られちゃいました。」
「……そうか。」
「泣いて、ごめんなさい。って言われましたよ。」
笑顔から一転、眉を下げ眉間に皺を寄せて目を伏せた。
「……ねろ。」
情けない顔を隠すように掛け布団を顔の上まで引っ張り上げてやり、カーテンの外に出た。
デスクの上で重ねた手の甲に頬をつけて目を閉じているハルに近づく。
頬に散らばる髪を掬い耳の後ろに流してやる。
ハルの体の両脇に手を付き、首元に顔を埋めた。
トクントクンと温かく柔らかな皮膚の下で脈が動くのを感じる。
「んん……。」と声がして、ハルが動いたのが分かり、首元から顔を離した。
「おい。ハル。」
わざと怒ったような口調で声を掛けた。
跳ねるように飛び起きたハルは驚いた顔で振り向いて俺を見た。
「おまえ、こんな所で寝て……よほど俺の部屋で過ごしたいらしいなぁ?」
「ごめんなさいっ!!」
ハルの両脇に手を付いて閉じ込めたまま、低い声でささやくように言うと、顔を真っ赤にして謝ってきた。
立ち上がるハルの肩を抱きながら耳元に口を近づける。
「少しでも具合が悪かったらすぐに言えよ?ベッドメイクをしなきゃならないからな。」
「……ご心配なくっっっ!!」
耳まで赤く染めたハルはするりと俺の腕から抜けると、肩からブランケットを落として医務室から飛び出していった。
フッと息を吐くと、床に落ちたブランケットを拾い、椅子の背もたれに掛けて、静かに医務室をでた。
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