No.36-side:LAW




「おまえ、そりゃ只の変質者だぜー!!」

ぎゃははははとラウンジで笑い声が響く。
大笑いをするクルー達の中心にいるのは、キャスケット帽を被り、サングラスをし、顔の半分は隠そうかという大きな立体マスクをした男。
変質者……ではなく、うちのクルーキャスケットは「うるせぇよ!」と言いながら周りのクルー達を手当たり次第にヘッドロックをかましている。
キャスは、寝込んだ次の日にはあれよあれよと熱が下がり始め、結局3日寝込んだだけですっかり平熱になった。
あとは少々咳と鼻水がでるので、風邪菌拡散を防ぐためにマスクをしている。

俺はそんな様子をぼんやりと眺めながら、安堵と悄然とが入り混じった気持ちを抱え、長いため息をついた。


「何か、気に病むことでも?」


先ほどまで俺の前に海図を広げ航路について話をしていたペンギンが、海図を畳みながら口を開く。


「いや?」


几帳面に端を合わせて畳むペンギンの指先をじっと眺めてから肩を竦めて返した。

キャスが高熱で倒れた日から今まで同じことについて何度も考えた。
ハルは可愛い。この男だらけの船にあいつを一人乗せている限り、あいつに惚れる奴は現れる。
必ずこの先も同じような事があるだろう。
そのうち、いつか誰かに穢されてしまうかもしれない。
うちのクルーを信じてはいるが、100%ではない。
いつか穢されるのなら、それなら今、いっそ俺のものに……

……違う。それでは駄目だ。
それでは今まで、ヤろうと思えばヤってしまえる状況で、俺がなんの為に耐えてきたかわからない。
あいつの身体が手に入っても心を閉ざされたら意味がない。

俺が欲しいのは、ハルの、心と、身体と、俺だけがあいつに安心を与えられるという事実だ。


「船長?お疲れですか。コーヒー淹れましょうか。」


ソファーの端に肘を付き、頬杖にしてぼんやりとしていると、ペンギンが覗き込んだ。
ああ、コーヒーか、そうだな。貰おうか。少し頭をスッキリさせたい。


「ああ……頼む。」
「わぁ!じゃあ、グッドタイミングです!」

ペンギンに短く返すと、直後に弾んだ声が聞こえ、見慣れた紺色のエプロンをつけたハルが現れた。
大きなトレイを俺の横のソファーの上に置き、そこから一つマグカップを差し出す。


「おやつの時間ですよー。はい、キャプテンは濃い目のコーヒー。」


自分の考えが漏れていたんじゃと思うくらいのタイミングで現れたハルに少々驚きながらもカップを受け取ると「マフィンですよ」と掌にまだ温かいマフィンをひとつ乗せられた。
「はい、ペンギンさんも」とペンギンにも渡し、ニッコリ笑うと、また大きなお盆を持って近くのクルーの方へ向かっていった。
少々広いラウンジの中を、両手をいっぱいに広げてトレイを持ち、チョロチョロと歩き回るハルの姿を目で追う。


「ベポー!お皿洗いのお手伝いしてくれた人には先着1名様限定で、マフィンもう一個!」


とか叫んでいる。
思わず、ククと笑いを漏らす。
先着1名様って、ベポにしか言ってねぇじゃねえか。

ベポの、えーお皿洗いキラーイと言う声が上がる。
その声に周りのクルーが「じゃあ、俺が」「いや、俺が」と数人手を挙げ、ベポが慌てて手を上げたところで「どうぞどうぞ」と譲られている。
その光景にラウンジのあちこちで笑いが起きる。
空になったトレイを抱えたハルも一緒にケラケラと笑う。

目を細めてハルを見つめ、一緒に街を歩いた日を思い出す。
手を取り握れば、遠慮がちに握り返された小さくて少し冷たい感触。
笑ったり、驚いたり、照れたり忙しく変わる表情。
抱き上げれば、軽く、ふわふわと柔らかい。

初めて出会う種類の女。
無理やり抱けない、大切にしなきゃいけない女。

欲しくて欲しくて仕方のない女。


なぁ、ハル。


俺の何を上げたら、俺にお前をくれる?


お前が望むなら、

俺は何でもくれてやる用意はあるのに……。


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