No.37




キャプテンは朝が遅い。

従って、朝食は摂らない。
放っておくと昼食も摂らない。
朝食も昼食も食べないなんていつか体を壊す。医者の不養生そのままではないか。
そう思い、この仕事を始めた頃は、無理矢理起こして無理矢理食堂に引っ張り出していた。

最初の1日は無言で付き合ってくれた。
2日目と3日目はうんざりした顔で付き合ってくれた。
4日目に、不機嫌オーラむんむんで「俺は朝食は食わない」と宣言された。
放っておけばお昼過ぎまで寝ているのだが、さすがに午前中には起きていてもらいたい。
いくら日光の当たらない海中で過ごすことが殆どだとしても、人としての生活リズムってものがある。
なので、5日目からは軽食を作り朝食でも昼食でもない時間にキャプテンを起こしがてら摂ってもらうことにした。
最初はその役はベポにしてもらっていたのだが、いつの間にか私の役になってしまっていた。

いつからだったっけ???

考えながら昨日焼いておいたピタパンをオーブンで軽く炙った。
彼が食べる軽食は、ここのクルーの食事にはなりえない(量的に)。せいぜいおやつと言った所か。
パンやサンドイッチ系に偏りがちで、以前、変化を付けようとホットケーキを焼いたら残されてしまった。
このピタサンドは……お気に召していただけるかしら……。

ーー


「キャプテン。おはようございます。朝ですよ。」


ノックをして扉を開けると、暗い中で窓から青い光が筋になってゆらゆらと差し込んでいる。
彼は海の中ではカーテンを引かない。
幻想的とも思える光を目で追いながら、なれた手つきで暗闇から電気のスイッチを探し出して押す。
瞬きながら蛍光灯が点き、ベッドの上のキャプテンが眉を顰めて寝返りを打ったのが見えた。

ローテーブルにトレイを置き、シャワールーム横のチェストからタオルを取り、ベッドに近づく。
大きなベッドの真ん中で、むこうを向いて規則的な呼吸をするキャプテンを見下ろしため息をついた。

彼のベッドは大きいので真ん中に寝られてしまうと、片膝をベッドに乗せないと彼の体に届かない。
意を決して膝を乗せるとスプリングが僅かに弾んだ。
彼の肩をゆすって声をかける。


「キャプテーン。起きてくださーい。」

「……。」

「キャプテン!」


少し声を大きくして揺すっていた肩をポンポンと叩く。


「んん……ハル……。」


くぐもったキャプテンの声が聞こえ、彼がごそりと動くのが分かった。

来るっっ……

その先を予感して体の向きを変える。
予感どおり、背中にズシリと重みがかかり少し前のめりになる。
肩と腰に手を回され、抱きしめられている状態。

私は何回かこれを繰り返すことで学んだ。
騒いだり押し返したりすれば、長引く。
ベッドの外に逃げれば、また寝られてしまう。
寝惚けているキャプテンは厄介だ。おとなしく受け入れるのが一番だと学んだ。

でも、何度繰り返しても慣れない事はあるもので……。
首筋に掛かる息と、たまに目を擦るように肩にぐりぐりと顔が押し付けられ、頬や耳が熱くなるのを感じながらサイドテーブルの時計を見る。
3分。何も言わずに3分このままで居れば、彼は機嫌を損ねる事無く活動を始めてくれるのだ。

……そろそろかな。


「キャプテン。今日はエビとアボガドでピタサンド作ってみたんです。アボガドはお嫌いでしたか?」

「……いや。」


私の首元から頭を離し、腕を解く。
ベッドから降りる彼にバスタオルとフェイスタオルを渡した。


「あ、そうだ。ペンギンが今日なんか話があるって言ってたな……。俺が起きたって伝えてくれ。」

「はい。」


目の隈が濃くなっているような気がする。寝るのが遅かったのか……よく眠れていないのか……。
ダルそうにシャワールームに向かう彼の後姿を気にしつつ、子電伝虫を手に取った。


(はい。こちらペンギン。)

「ペンギンさん。ハルです。」

(ああ、ハルか。毎朝ご苦労様だな。)


キャプテンの子電伝虫から掛ける私にペンギンさんがクスリと笑いを漏らす。


「キャプテンお目覚めになりましたよ。」

(そうか。じゃあ、2時に船長室に行くと伝えてくれ。その頃コーヒー頼むな。)

「分かりました。」

(じゃあ、後で。)


パーカーを着ずにTシャツの上にタオルを引っ掛けて出てきたキャプテンにペンギンの伝言を伝える。
そうか。とだけ返し、キャプテンはソファーに腰掛け、コーヒーのマグカップに手を伸ばした。


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