No.39




ペンギンさんが船長と会議をした次の日には新しい島へ着いていた。


先に偵察に行ったクルーによると、海軍の駐屯地があるが、取仕切るのが中佐クラスなので問題は無いだろうとのこと。
しかし、念の為、買出し等で外出する者は私服で出掛けることになった。遊びで出掛けるものは、つなぎでも私服でも良いらしい。

いつもの通り、荷物持ちに付き合ってくれるクルー数人と市場に向かう。
買い物リストと店頭の商品を見比べながら買う店を決める。
時には、これだけ買うからまけてよ。と交渉も忘れない。
手荷物が一杯になったクルーから順に船へ帰っていく。
買い物が大方片付いて荷物持ちのクルーも居なくなったところで、スパイス類も見ておこうと一人で市場に残り少し見て回ることにした。

何種類かスパイスを買い、船に戻ろうと市場を引き返していると、勢い良く走る子供が脚にぶつかった。
大した衝撃ではなかったが、以前銃で撃たれた傷跡に当たり思わずバランスを崩して腰を落としてしまった。
「ごめんね、おねえちゃん」と謝る子供に大丈夫と笑顔で返して、立ち上がろうと付いた手に力を込めた。

目の前に影が落ち、大きな手のひらが差し出されるのが見えた。


「大丈夫ですか?お嬢さん。」


若い男性の声。


「す、すみません。大丈夫です!」


差し出された手を借りずに慌てて立ち上がり、スカートの土埃を払った。


「ここは、人が多い。気をつけてくださいね。」

「はい。ありがとうございます。」


優しい声に、顔を上げた。
そこにはスマートな身体に白いコートを羽織った背の高い青年が立っていた。
すっきりとした顔立ちだが、目元が大きく少し幼さの抜けきれない印象。
髪はくせ毛で私と同じ髪の……色……。

彼を観察しながら私は驚きで目を見開いていった。
向かい合う彼も同じだったらしい。
優しそうに微笑んでいた彼の顔は今では泣きそうに強張っている。


「……あなた……まさか……。」


自分でも驚くくらい私の声は震えていた。
思わず彼の頬に同じく震える手を伸ばす。
彼は私の伸ばした手を掴み、自らの頬に導いた。


「……会いたかった……姉さん。」

「……ヴィスナー……。」


沢山の人々が行き交う往来であることも構わず、私よりずっと大きくなってしまった弟を抱きしめた。

しばらく抱き合っていたが、誰かの肩がトンと私たちに当たり、体を離した。
ヴィスナーが私の背を優しく押して道路の端に導いた。


「姉さん、なぜこんな遠くの島に?」

「……あ、えっと……。」

「ああ!観光かい?この島は美しいからね。あ、もしかして……ハネムーンだった?」

「……いえ、そうじゃないんだけど。」


ヴィスナーが嬉しそうに私に話を振る。
言い淀む私に構わず、彼はどんどん話をした。


「いつまでこの島に?今は仕事中なんだけど、姉さんとゆっくり話がしたいよ。」

「……え……ええ……。」

「一人で歩いていたの?まさか一人旅じゃないだろう?迷子だったかい?」

「いえ、あの……。」

「ああ……姉さんに旅行をする友達ができたなんて本当に嬉しいよ。」

「……え?」


彼の言葉に思わず顔を上げる。
彼は眉を下げ、私の肩を抱きながら微笑んだ。


「姉さんは、父さんと母さんが死んでからずっと僕を育てるために働き通しだったからさ。」

「ヴィスナー……。」

「姉さんには、沢山友達を作って……結婚をして幸せになってもらいたい。」

「ヴィス……貴方は……幸せ?家を出てから大変ではなかった?」


彼に会ったら一番に聞きたかった事を口にした。


「そりゃ、大変だったさ。でも姉さんほどじゃないよ。今は自分の仕事にやりがいを感じている。」

「そう……良かった。」

「ハル?!」


背後で私を呼ぶ声がした。
振り返ると、燃料の手配に出掛けていたペンギンが立っている。


「どうかしたのか?」


少々緊張したような面持ちのペンギンが私に近づいた。


「姉さん、友達かい?それとも恋人?」


からかうように話すヴィスナーに曖昧に笑う。
ペンギンに「弟です」と短く紹介した。


「ヴィスナーです。お会いできて光栄です。姉がお世話になっております。」

「……ペンギンです。」


ヴィスナーの差し出した手を、厳しい表情を崩さずペンギンが握り返す。
遠くからバタバタと走ってきた男性が数人、私たちの傍で止まった。


「ヴィスナー中佐!ここにいらっしゃいましたか!」

「……どうした?」

「今、この島にトラファルガー・ローの一団が来ているとの情報が!!」

「何?!……わかった。すぐ行く。」


海兵の言葉に思わずペンギンを見上げる。
ペンギンは、横目で私に視線を合わせ、頭にポンと軽く手を置いた。
ヴィスナーは私のその様子を違う意味に取ったらしい。
私を安心させるように飛び切り優しい声で話した。


「姉さん、海賊なんて珍しいもんじゃない。不安がる必要はないさ。ただ、あまり一人での行動はしないでくれよ。」

「え、ええ……ヴィスナー……も……気をつけて……。」


ヴィスナーが私の背をポンポンと優しく叩く。


「さあ、姉さん。もう行って。もう友達と逸れないでくれよ。」


私を軽く抱きしめたあと、ペンギンに軽く会釈したヴィスナーは走って去っていった。
翻った彼のコートの背には、大きく「正義」の二文字が書かれていた。

ペンギンが、立ち竦む私の肩を抱いて歩くように促す。


「ペ……ペンギンさん……。」

「ああ……。」

「すぐに……キャプテンとお話しを。」

「ああ……急ごう。」

ペンギンは私の手を取り、早足で人ごみを抜け船に向かった。


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