No.45




ゆっくりと船へ戻り、甲板へとよじ登る。
船内への入り口にペンギンが立って待っていてくれた。


「おかえり」


何も聞かず、笑って、いつものように私の頭にぽんと手を乗せる。
泣きそうになるのを堪えて、笑って彼を見上げた。


「船長が待ってる。船長室へ戻ろう。」


彼の言葉に頷き、開けてくれたドアをくぐった。


−−


船長室のドアをノックして開ける。
ソファーに座っていたキャプテンが顔を上げ、こちらをみた。
キャプテンに近づくと、彼は何も言わず腕を広げ、此方に伸ばした。


「姉さんがこの島でトラファルガーの船を降り、僕の手配する船で故郷へ帰るのなら………………僕は、あの船を……見逃すよ。」
「今日の夜、この森を抜けた市場の入り口で待ってる。」



夜まで時間をくれずとも、私の気持ちは決まっていた。

ためらう事無く、キャプテンの隣に座り、広げられた胸の中へ入り込む。
彼は私の肩を抱き、頭を抱き寄せた。


「……ハル。」


キャプテンの呼びかけに、少し頭を上げる。


「……あいつ、なんだって?」

「……。」


続いた質問に答えられず、俯く。
彼は、ほんの少し離れた私の頭を再度引き寄せて自らの胸に付けた。


「……いい。」

「言いたくないなら話さないでいい。」


キャプテンの胸に耳を押し当てているので、直接脳に……胸に、キャプテンの声が響く。


「だから……ここに居てくれ。ハル……。」


キャプテンの言葉を聞きながら、彼の細いウエストに腕を回して目を閉じた。
視界を遮った世界では、トクントクンというキャプテンの強い鼓動だけが脳に響いていた。

−−

どれくらいそうしていただろう。

顔を上げ、窓を見ると、空が赤く色付き始めていた。
寄り添って、目を瞑ってはいたけれど、眠っては居なかった。
その間、2人とも何も食べず、キャプテンはペンギンが持ってきたコーヒーを少し口にしただけ。
私の目の前には、以前ホットミルクだった、すっかり冷たくなったマグカップが手を付けられずに置いてあった。
キャプテンの腕をすり抜け、ミルクの入ったカップを持って立ち上がる。


「……どこ、行くんだ?」


声を掛けられ、振り向く。
いつも通りに笑顔を作り、なるべく明るい声を心がけた。
大丈夫、笑えてる。


「キッチンに。喉も渇いたし、少しお腹も空いたので。」

「……そうか。」

「キャプテンも何か召し上がりますか?」

「……いや、いい。」

「そうですか。……じゃあ。」


後ろを向く前に、もう一度キャプテンの顔を見た。
にっこり微笑むフリをして、彼の顔を目に焼き付けた。

ぺこりと頭を下げ、船長室を出た。


きっと、もう、彼とは


……2度と会うことはない。


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