No.46
船長室を出て、すぐに隣の自室に入った。
クローゼットの引き出しを開け、畳まれた洋服の下から紙の束を取り出す。
それは、私がこの船に拾われて間もない頃、医務室のベッドの上でここのクルーでも作れそうな食事を考えて書いたレシピだった。
あの時は、まさかこの船のクルーになるなんて思っていなかったから、怪我が治って船を降りる時にせめてものお礼代わりに渡すつもりだった。
カーディガンを取り出して、着ている服の上から羽織り、ソファーに近づく。
ソファーの前に跪いて、ふわふわの毛皮を撫で、頬を付ける。
いつでも私を慰めてくれた大好きだったソファー。
首の後ろに手を回して金具を外し、ハートとジョリーロジャーが付いたネックレスをソファーの上に置いた。
チャームにキスを落として、立ち上がり、部屋を出た。
キッチンに入り、デザートフォークやバターナイフが入った引き出しにレシピの束を入れる。
ここなら、朝食の時やおやつの時にしか開けないから、今夜のうちに見つかることはないだろう。
……早く、彼らのお腹を幸せに満たしてくれる良いコックさんが見つかりますように……。
調理台に手を付いて、広いキッチンを見渡す。
男性サイズに作られているせいか、全体的に私には高かったけど、でも……良いキッチンだった。
こんな大きいオーブンで、大きなタルトが焼けて幸せだった。
ああ……そういえば、冷凍庫に木苺が入りっぱなしだ。
夏島に着く前に、ブルーベリーか何かと一緒にアイスクリームを仕込もうと思っていたのに……。
……夏島、行ってみたかった。
私の故郷も春島だったし、結局私が乗っている間には、春島と秋島しか通過しなかった。
……キリが無い。
次々と此処に居たがる理由を思いついてしまう自分を自嘲して、調理台から手を離す。
「あれ?!ハル?!!」
急に声を掛けられ、肩が大きく跳ねてしまった。
「ベポ……。」
「どうしたの?体大丈夫?寝てなくて平気??」
「うん、ちょっとだけお腹が空いちゃって。あ、えっと、そう……バナナ貰おうと思ってきたの。」
「そっかぁ。食欲が出てきて良かった。もうすぐ夕食だよ!一緒に食べようよ!」
嬉しそうに、食事に誘ってくれる友人に済まなそうな顔を向けた。
「……ううん。まだ疲れてるみたいなの。部屋で食べるね。」
「そうかぁ……うん。じゃあ、ゆっくり休んで。」
「ありがとう。」
バナナを一本手に持ち、微笑んでから、キッチンの扉に向かう。
「ハル!おやすみ、また明日!!」
……また明日……
思わず泣き出しそうになる気持ちをこらえ、ゴクリと息と一緒に込み上げる涙を飲みこんでから、笑顔を作って振りむいた。
「うん!!ベポ、おやすみ!!」
わざと、元気良くキッチンから出て、部屋には戻らず、甲板へ向かった。
慎重に周りを見渡して、甲板に誰もいないことを確認し、見張り台の死角になる場所を足音を立てないように歩き、船から下りた。
夢中で森へ走り、太い木の陰で振り返った。
大きな鉄の潜水艦……。
ボディには大きく、キャプテンのジョリーロジャー。
規則正しく並ぶ丸い窓からは黄色い光が漏れ、自分があの中に居れない事が悲しくなる。
ぽたぽたと流れる涙もそのままに、船に背を向け、街へと向かった。
森の木々が徐々に少なくなり、ついには辺りがすっかり拓けて街へと続く道だけになった頃、ワイワイと賑やかな音が耳に届き、市場の明かりが見えてくる。
一番端にある店の前に、今朝と同じ格好をしたヴィスナーが此方を向いて立っていた。
私の姿を確認して、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「姉さん!!」
本当に嬉しそうに笑うものだから、私も思わず微笑み返した。
「来てくれるって、信じてたよ!!さあ、とりあえず今日姉さんが泊まるホテルへ行こう。」
「ホテル?」
「ああ、僕は部屋を借りずにまだ寮に居るんだよ。佐官の階級に就いても寮に居座るのは僕くらいさ。」
「だから、姉さんを泊めてあげられないんだ」と、少し恥ずかしそうにヴィスナーが話す。
そんな彼の腕を取って微笑んだ。
彼も、私に微笑み返し、ゆっくりと歩き出した。
「姉さん。夕食はまだだろう?一緒に食べよう。何か食べたいものはある?」
「んー、まかせる。」
「そうかい?じゃあ、美味しい魚介を食べさせるお勧めの店があるんだ。」
明るく話す弟の声に耳を傾けながら、夜になっても賑わい続ける街へと足を向けた。
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