No.47
私が荷物を何も持たずに来たので、先に食事に行くことにしたらしい。
ヴィスナーが連れてきてくれたのは、お洒落だけれど気取らないビストロだった。
いつもの私なら、メニューを何往復も見返し、どれにしようか悩みに悩むところだが、
美しい写真付のそのメニューを開いても、ちっとも頭に入ってこない。
結局ヴィスナーのお勧めを。と彼に丸投げしてしまった。
次々運ばれてくる前菜も、メインもパスタも、どれもとても素晴らしいものだったが、口に入れてもちっとも味がしない。
上辺だけ笑い、ヴィスナーに「美味しい」と何度も言い、少しずつ食べているフリをしながら、殆どを残した。
「姉さん、どうした?口に合わなかった?」
「……ううん。ちょっと疲れてて、あまり食べれなくてごめんね。とても美味しかった。」
心配そうに私を覗き込む彼に、何度目かになる「美味しかった」を再度伝えた。
「疲れているのなら、ホテルに向かおうか。もう、休んだほうが良い。」
「……そうね。」
彼に促され、席を立つ。
ビストロからそれほど歩かないうちに到着したホテルは、観光地には必ず建っている有名な高級ホテルだった。
質素な宿屋だと思っていたし、それで十分と思っていた私は、驚いて看板の前で足を止める。
「ちょっと、ヴィスナー。“オテル・ドゥ・キホーテ”……って高いホテルじゃない!!」
足を止めた私を何事かと振り返ったヴィスナーは、そんなことかというように言葉を返した。
「大丈夫だよ。ここは経費で落ちることになっているから。」
さぁ、と促され、ヴィスナーと一緒にホテルへ入った。
「安い宿屋で良かったのに……。」
「はは、そんなところに大切な姉さんを泊まらせるわけにはいかないよ。セキュリティもしっかりしてないとね。」
ピンクの大きな胡蝶蘭が飾られているフロントへヴィスナーが向かうと、こちらが何も言う前にフロントの女性が口を開いた。
「ようこそ、ヴィスナー中佐。リェータ曹長からお話しは承っております。最上階のお部屋をご用意いたしましたので。」
「ありがとう。彼女がお世話になる僕の姉です。お願いしますね。」
「はい。お姉さまのハル様でいらっしゃいますね。ご出発の日まで当ホテルでどうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ。」
「……あ、……はい。ありがとうございます……。」
美しい完璧なスマイルで微笑まれ、些か緊張する。
カードキーを渡され、フロントを離れると完璧な角度でお辞儀をされた。
「姉さん、僕はロビーで失礼するよ。部屋までは大丈夫だね?」
「……うん。」
頷く私に、ヴィスナーも笑顔で頷く。
「ルームサービスも、好きに頼んでいいから。あと、何かあったら、些細なことでも電話して。これ、僕の電伝虫の番号。」
名刺の裏にすらすらと数字を書き、私に握らせた。
「じゃあ、姉さん。おやすみ。ゆっくり休んで。」
「……ヴィスナー。色々と……ありがとう。ごめんね。」
「なんで謝るのさ。姉さんと過ごせて嬉しいよ。元気だして。また明日来るから。」
もう一度「おやすみ」と言い、頬にキスをしてホテルから出て行った。
手を振る彼を見送って、少し離れて待っていたベルボーイに案内されて部屋に向かった。
オーシャンビューがウリの最上階のその部屋は、一人で使うにはかなり広く豪華な部屋だった。
開かない作りのはめごろしの窓からは、キラキラと光る街の明かりの向こうに、点々と港に停泊する船の明かりが見え、その向こうにクルクルと灯台の灯りが回るのが見えた。
無意識にハートの海賊団の船の停泊場所を探したが、窓の端に少し森が見えるだけで、さらにその先にひっそりと泊めてあるはずの停泊場所は、この大きな窓からは見ることはできなかった。
しばらく窓の前に立ち尽くしていたが、フラフラとベッドに向かって、ぼすん。と倒れこんだ。
……大きなベッド。キャプテンのベッドみたい。
ふわふわで柔らかいベッドは、キャプテンのベッド位の大きさだったが、そこには彼の温もりも、爽やかな彼の香水の香りも、ほんのり染み付いたエタノールの香りも存在しない。
日が落ちる少し前まで感じていた、キャプテンの温もりを思い出す。
狭いけれど、私に安心をもたらしてくれた、ふわふわの毛皮のソファーを思い出す。
……こんな大きなベッドで眠れないよ……キャプテン。
キャプテンのベッドじゃないから、ドキドキもしないし、安心もしない……。
会いたい……
会いたいよ……
キャプテン……
あなたに付いて行くって約束したのに
守れなくて……ごめんなさい。
いつか、心の奥底に仕舞い込んだはずの小さな種が、いつの間にか芽が出て隠しきれないくらいに大きく成長していたのに気がついた。
キャプテンに会えなくなって、やっと自分の気持ちに気づくなんて……。
もっと……もっと早く、自分の気持ちに素直になっていれば……、
「……ここに居てくれ。ハル……。」
もっと早く、彼の気持ちにも気づけたかもしれないのに……。
「ごめんね……キャプテン……。」
……ごめんなさい。
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