No.49-side:BROTHER




「中佐、情報によると、トラファルガーの船は今朝にはログポースが溜まるとのこと。」


補佐である曹長のリェータが珍しく朝早くから姿を見せた。


「本当に、このまま逃がしてよろしかったんですか。」

「ああ……。」


執務室のデスクで昨日出来なかった仕事を片付けながら返事をする。


「いいんだ。この島で捕まえるのはやっかいだ。なに、あいつらはログに沿って進んでいるのだから行き先は明白だ。」

「そうですね。おそらくログ通りに進めば、エルソル島を経て、グラートへ向かうことになるかと……。」

「グラートか……。では、ズィマー大佐に連絡を。」

「畏まりました。」


リェータは一礼をして部屋を出て行った。

……今日ログが溜まるのか。
昨夜の姉さん……明らかに元気がなく、話の間もずっと上の空だった。
夕食もほとんど摂っていなかったな。
しかし、この島から船が出発すれば、諦めも付いて少しは気持ちに整理をつけるだろう。

少し温くなったコーヒーを一口飲み、気を取り直して目の前の書類に手をつけた。

−−

早く姉の顔が見たい一心で昼前に書類を終わらせた。
ひとつだけ、トラファルガーに関する本部への報告書だけはペンが進まない。
まぁ、姉を島へ送ってからゆっくりと書くことにしよう。
正義の白いコートを、羽織ることはせずに手で持って執務室を出た。


「中佐、どちらへ。」

「見回りだ。……ああ、君。リェータに例の船が出発したら僕に連絡するように伝えてくれ。」

「……例の……船?」

「そう言えば分かる。」

「かしこまりました!」


入口に立っていた若い海兵が敬礼をして見送った。
真直ぐに姉の居るホテルへ直行する。
ロビーへ入ると、一斉に従業員がにこやかにお辞儀をしてきた。
軽く頭を下げ、彼らに返しながらフロントへ行く。


「こんにちは、中佐。ようこそ当ホテルへ。」

「やぁ、姉……の様子はどうかな。」

「ハル様は今のところお部屋の外へは出ていらっしゃらないようです。ルームサービスなどのご依頼もございません。」

「……そうか。まだ休んでいるのかもしれないな。フルーツと軽食を後で姉の部屋に。内容はまかせる。」

「承知致しました。ご用意いたします。」


姉の部屋のスペアキーを借りてフロントを離れる。
エレベーターで最上階へ行き、スペアキーで姉の部屋を開けた。
部屋に入ると窓際の椅子に腰掛け、海を見ている姉の姿があった。


「……起きていたのか。姉さん。」


僕の声に、やっと気づいたというように、姉がゆっくりと振り向いた。


「……おはよう。ヴィスナー。」

「おはよう……って、もう、昼だよ。」

「……そうね。」


虚ろな表情で短く返事をした姉は、またゆっくりと窓に視線を戻した。


「姉さん、寝てないの?」


返事はない。


「……そんなに彼らは姉さんにとって大切なものだったのかい?」


姉は、振り向かない。


「父さんと母さんのお墓をあの島で守ることよりも?」


姉さん、あなたにとって彼らは、そんなに眠れないほど、食事が摂れないほど……大切だったのか?
こちらに視線すら向けず、海を見続ける姉に近づいた。


「……愛して……たのか?」


姉の肩が僅かに震えた。

……ああ。そうか……。
姉さん、あなたって人は……。


「じゃあ、姉さんは、愛するトラファルガーを助ける為に僕の所へ来てくれたのか……。」

「それは違う。ヴィスナー。」


ずっと無反応だった姉が海を見つめたまま口を開いた。
その声は今まで虚ろな表情をしていた姉とは思えないほどの強い声。


「私は、あなたを助ける為に来たの。」

「……僕を?」


姉がこちらを振り向いた。


「私が来なければ、遠慮なく船に攻撃をしかけるって、言ってたでしょう?」

「……ああ。」

「戦いになったら……あなた、死ぬもの……。」

「……え?」

「ヴィスナー、私はたった一人の家族を失いたくはない……。」


姉の言葉に一瞬言葉を失った。


「姉さんは……ぼ、僕が負けると思うの……?」

「ええ。」


姉の目の奥は揺るがない。


「姉さん、曲がりなりにも僕は中佐だ。……それなりに強くなったんだよ。」

「……でしょうね。」

「海賊も数え切れないほど討伐した。」

「ええ。」

「……それでも、僕が負けると……?」


姉はにっこり笑って頷く。


「そんなにトラファルガーは強いと言うのか?」

「そうね。世界一。」


自信満々に言い切った姉に苦笑する。


「姉さんは、世間を知らな過ぎる。世の中には強い人間なんかごまんと居るんだ。もちろんトラファルガーより強い奴だって……。」

「知らなくていいのよ。」


姉が僕の言葉遮った。


「そんな世界知らなくていいの。だって、私の世界はキャプテンだもの。」


彼女の言葉に、表情に……僕は再び言葉を失う。


「……だから、キャプテンにあなたを殺してほしくなかったの。」


そう言って立ち上がり、呆けて立ち尽くしている僕の頭を撫でた。

−プルプルプルプル……

ポケットの子電伝虫がけたたましい音を上げ、我に返る。
「ちょっとごめん」と姉さんに言い、隣の部屋に入りながら電話に出た。


「はい、ヴィスナー。」

(中佐、リェータです。)

「ああ、ご苦労。……どうした?」

(ハートの海賊団の船を見張らせていた海兵から連絡が。今出航したと。)

「……そうか。わかった。」


子電伝虫を再びポケットに仕舞い、姉の居る部屋に戻った。
姉は再び椅子に腰掛け、海を見ていた。
その背中に、声を掛ける。


「姉さん。」


また……返事は無い。


「トラファルガーの船が島を出たそうだよ。」

「……………………そう。」


姉が、長い沈黙の後、小さく答えた。


「ルームサービスで軽食を頼んでおいた。食べれるものを少しでも食べてくれよ。」


また、答えなくなってしまった姉に、小さくため息を吐いた。


「僕は、仕事に戻るけど、何かあったらいつでも電話して。」


姉に背を向け、ドアに向かう。
ドアの前で、姉の方を振り向かずに口を開いた。


「姉さん……今にこれで良かったと思える日が来る。すぐとは言わないが……トラファルガーのことは忘れるんだ……。」


姉を見ないままドアを開け、クラシックの流れる廊下に出た。

コートを手に持ったままだったことに気づく。
首元を持ってぶら下げてみれば、目の前に“正義”の2文字が広がった。


僕は、間違ってない。

袖に腕を通し、大股で歩いて街に出た。


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