No.5




これでもかと私に顔を近づけ、キスでもしそうな距離で話すユースタス・キッドを見つめるキャプテンは、一見無表情で落ち着いて見えるが、私の腕を握る手はギリギリと力が入っている。


「こっちは、お前に話しなんてねえよ。」

「てめえには言ってねえんだよ、トラファルガー。」


キャプテンはいつも大人で滅多に切れたりしないけど、万が一こんな小さな酒場で億超えルーキーが喧嘩なんてことになったら……。
ユースタス・キッドがキャプテンから私に視線を戻し、次の言葉を発する前に、慌てて口を開いた。


「ユ……ユースタスさん!そうそう、私もあなたと話がしたかったんです!」

「なんだ。」

「……え……っと、聞きたい、事?というか……。」

「あ゛?聞きてえ事?」

「はい!あの!!」


大慌ててで何か言おうと頭を回転させる。
険悪な雰囲気に咄嗟に口を開いたものの、何話すか考えていなかったのだ。


「あの!手配書の二つ名って、なんでユースタスさんのは“キャプテン”なんでしょう?」

「はぁ?!なんだてめえ、急に。」

「不思議だったんです。うちのキャプテンは“死の外科医”。キラーさんは“殺戮武人”。バジル・ホーキンスさんは“魔術師”。ユースタスさんが“キャプテン”なのは当たり前じゃないですか。他になかったのかなぁーって。」

「海軍の考えることなんざ知るか。」


藪から棒とは、このことだ。
急に関係のない話をし始めた私に、ユースタス・キッドが呆れたような視線を向けた。


「たぶんね、ユースタスさんの二つ名考えるときに海軍は忙しかったんだと思うんですよ!もし、適当に決めたんなら、こちらから提案したら採用されるかもしれません。」

「んなわけねえだろ。しかも、どうでもいい。」

「そういうわけにはいきませんよ!キャプテンなら、うちのキャプテンだってキャプテンです!」

「ハル……お前急にどうした?」


隣のキャプテンとペンギンさんも面食らった顔で私を見ている。
ただ、話を逸らしたかっただけなんだけど……微妙な笑顔をキャプテンに向け、続けた。


「私、考えたんですよ。ユースタスさんの二つ名。」


嘘だ。何も考えていない。


「てめえ、もっと他に考えることがねえのか。」

「まあ、聞いてください。……“恐怖のN極”っての考えたんですけど。」


考えたんです。たった今。


「なんだそれ。ダセえし、N極ってなんだよ。俺はサウスブルーの出だ。」

「だから、それはあれですよ。磁石はN極が赤でS極が青でしょ?あ、“戦慄のN極”とか?」

「てめえ、バカにしてんのか。」

「クッ……ククク……。」


やった、キャプテンにウケた。
咄嗟に考えたのになんとか出てきて良かった。
俯いて肩を震わすキャプテンを横目で見て安堵する。
さっきまでの余裕をなくしたキャプテン、どうしようかと思った。
苦々しい顔で私を見下ろすユースタス・キッドににっこり笑いかけた。


「ク……クク。いいじゃねえか。言いえて妙だ。」

「違いない。」

「キラー、てめえ!」


ユースタス・キッドが目力を込め、キャプテンに同意したキラーを睨みつけた。
キャプテンが楽しそうに私の肩を抱く。


「ハル、お前のネーミングセンス最高だな。お前、弟宛の手紙で提案しろ。」

「トラファルガー、殺すぞ。最悪のセンスだろうが。」

「キッド。本題を忘れてるぞ。」


色白の顔を真っ赤に染めたユースタス・キッドが、キャプテンの胸倉を今にも掴まんとしている所をキラーが止めた。

チッと盛大な舌打ちをしたユースタス・キッドが不機嫌そうになった顔を私に向ける。
ああ、しまった。せっかく話が逸らせたと思ったのに……。
キラーが、ユースタス・キッドの代わりに口を開いた。


「ハル。昨日も少し話したが、お前をうちの船に迎え入れたい。」

「お断りだ。」

「てめえには話してねえつってんだろうが。トラファルガー。」


キャプテンが、私より先にキラーに返し、ユースタス・キッドがキャプテンを睨みつけた。


「あの。私を乗せてどうするんですか?」

「どうもこうもねえ。戦闘員でも雑用でも構わねえ。てめえがいると少しは退屈しのぎになるかと思ってな。」

「あなた、失礼ですよ。」

「あんだと?」


少し背筋を伸ばし声色を変えて、きっぱりと言い切った私にユースタス・キッドが聞き返した。


「失礼だと、言ったんですよ、ユースタスさん。そして、キラーさんも。」

「俺もか。」

「はい。……じゃあ、仮に私がキッド海賊団に入ったとして……私の代わりに、キラーさん、あなた、ハートに来てくれますか。」

「「はあ?!」」


キャプテンと、ユースタス・キッドが同時に声を上げた。


「ハル。俺はあんな可愛くない仮面男はいらない。」

「なんで、キラーがトラファルガーの所に行く話しになんだよ。」

「当然です。私が抜けたらペンギンさんが困るんです。その穴を誰かに埋めてもらわなければいけません。
ペンギンさん、ハートの海賊団で現在、戦闘員の不足はありますか?」

「……いや、今のところないな。」

「だ、そうですので、キラーさん。ハートのクルーになったら貴方のお仕事は食事の用意と、食材・備品の管理、洗濯、掃除です。」

「……それは、無理だな。」


私の言葉に、戸惑ったようにキラーが答えた。
ユースタス・キッドが怒ったように私に突っかかる。


「当たりめえだ!キラーの賞金額なんだと思ってやがる。戦闘員のこいつがなんでトラファルガーの所で飯作らなきゃならねえんだよ!」

「ね。ユースタスさん。失礼な女だと思ったでしょう?さっき、貴方が私に言ったことです。」

「……!!」


言葉を失って、ユースタス・キッドが私を睨みつける。
大人しく隣で見守っていたペンギンが、少し笑った後に口を開いた。


「ユースタス・キャプテン・キッド、無駄ですよ。ハルという女は、至上最弱にして最強の女海賊。こいつに勝とうたって到底無理な話です。
現に、うちのクルーで、ハルに勝てる奴は一人も居ないでしょうね。」

「トラファルガーでもか。」


キラーの問いに、ペンギンが可笑しそうに大きく頷いた。


「ええ。冷徹無情のトラファルガー・ローが、小娘一人の機嫌取りに手を焼くんですよ。これほど強い女は居ない。」

「けっ。トラファルガーが腑抜けだってだけじゃねえか。」

「クク。なんとでも言え。ユースタス屋ごときに分かられてたまるか。」


馬鹿にしたようにユースタス・キッドが言った言葉にキャプテンは少し笑い、ユースタス・キッドから視線を逸らし、シッシッとするように手を振った。
ふん。とユースタス・キッドがもう一度馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「くだらねえ。興味失せた。他の店に行くぞキラー。」

「……ああ。」


ユースタス・キッドが既に席について酒盛りを始めていたキッド海賊団のクルーの椅子を蹴り上げ店から出て行く。
キラーが、その様子に目をやり、大きく肩で息を吐いた。


「悪かったな。」

「いいえ、キラーさん。」

「至上最弱にして最強か……お前の引き金でハートの海賊団が動くということだな。」


ペンギンさんがニヤリと笑い、キャプテンが聞こえない振りをしてグラスを煽った。
キラーが右手を差し出す。
少し戸惑ったが、骨ばったキラーの手に自分の手をそっと重ねた。
軽く握られ、すぐ放される。


「邪魔したな。また、どこかで会えたら良いな。」


そう言い、背中を向けて入り口へ向かう。
キラーの背中に慌てて声を掛けた。


「はい、キラーさん。またどこかで!おやすみなさい!!」


こちらを振り向かないまま片手を上げて、キラーがドアから出て行った。

カラカラン、とドアベルの音が響いた。


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