No.03-side:BOY
甲板の下まで、ハルさんが送ってくれた。
2人黙ったまま、並んで甲板を歩く。
気まずい沈黙を破ったのはハルさんだった。
「ごめんね……。力になってあげられなくて。」
食堂からずっと悲しい顔を崩さないままのハルさんが呟いた。
「いえ……おれが急に無理なこと言ったんで。せっかく船に上げてもらったのにおれこそすみません……。」
謝るおれを見上げ、ハルさんが静かに首を振る。
甲板のハシゴを降りて、船の下に来たとき「じゃあ……」と頭を下げたおれにハルさんが、口を開いた。
「ねえ、君。」
顔を上げたおれに、ハルさんがニッコリと笑いかける。
「私たちね、昨日の夜この島に着いたの。ログが溜まるのは一週間。あと6日ここに居る。」
彼女の言葉の意味を測りかねて黙っていると、彼女が続けた。
「……諦める?」
おれが言葉を失っていると、ハルさんはクスリと笑って「じゃあね」とハシゴを上っていってしまった。
おれは突っ立ったまま、もう誰も居ないハシゴを見上げていた。
……諦めなくて……いいのかな?
でも、彼らに認めてもらうには……どうやって……。
静かに船を離れ、親父の酒場まで全力で走った。
−−
「おい!カリタス!そっちのテーブルにこれ持ってけ。」
「はいよ。」
カウンターの向こうから親父に手渡され、チーズとソーセージの盛り合わせを言われたテーブルに持っていく。
親父の店は小さな店だが、親父一人で切り盛りするには、客の入りが多い。
注文をとったり、酒や料理を運ぶのがおれの仕事だ。
−カランカラン
「いらっしゃいませ。」
ドアベルが鳴った。
カウンターの中でジョッキに注ぐ泡から目を離さずに客に声を掛ける。
「5人だ。席はあるか。」
「はい!少々おまちくだ……、」
ビールを注ぎ終わり、ドアに目をやったおれは固まった。
そこに居たのは白いつなぎを着た男達。
ハートの海賊団のクルーだった。
白い男達の後ろにキャプテン・ローと思われる黄色と黒の服もチラホラ見える。
親父が料理を持って、厨房からカウンターに出てきた。
「なんだカリタス、ぼーっとしやがって。」
ビールのジョッキを手に持ったまま突っ立っているおれに声を掛けた。
そして、ドアの客に目線を向け、愛想の良い顔になった。
「おや、これはこれは。こんな大物のお客さんがくるとは珍しい。さあさあ、どうぞどうぞ。」
おれの後頭部をガンと殴りながら、自らカウンターの外に出て、彼らをテーブルに案内した。
我に帰ったおれも、慌てて手に持ったジョッキを客のテーブルへ運ぶ。
親父がすれ違い様に「ぼーっとしてんな。馬鹿息子。」と囁いた。
やべえ、仕事終わったら説教かな。
少し落ち込んだ気分のまま、ハートのクルーのテーブルへ注文をとりに行った。
「……ご注文は。」
「ボトルで、ラムとブランデー。料理は適当にまかせる。」
「……かしこまりました。」
「お前、この店の息子だったんだな。」
なんとなく気まずくて、相手の顔を見ないように伏し目がちに注文をとると、ハートのクルーの一人がおれに声を掛けた。
その声に目線をあげると、見覚えのあるキャスケット帽とサングラス。
「なんだ。カリタス。お前そちらさんの知り合いか?それとも迷惑かけたんじゃねえだろうな。」
カウンターの中で、キャスケットさんの言葉が聞こえたらしい親父が此方に声をかけた。
「カリタス?」
低いテノールで自分の名前を呼ばれ、ドキッとする。
声のした方を向けば、キャプテン・ローがおれの顔をみつめていた。
「お前の名前か?」
「……はい。」
「ククク。そうか。」
おれが返事をすると、少し笑ったキャプテン・ローは、すぐにおれから視線をはずして足を組み直し、クルーとの話に入っていった。
−−
いつの間にか、ほとんどの客も帰り、店の中はハートのクルー達だけになった。
親父も、厨房の片付けや、明日の下ごしらえを始めてしまっている。
おれは、カウンターの中に入り、グラスを拭きながら声が掛かるのをボーっと待っていた。
後ろの棚の中に拭き終わったグラスを戻し、カウンターに向き直る。
「わぁっ。」
そこに、いつの間にか、ペンギンさんとキャプテン・ローが座っていて驚いて声を上げてしまった。
おれの反応に、ペンギンさんがクスリと笑う。
「なんだ。ここに座ったらまずかったか?」
「いっいえ!どうぞ。すみません。気づかなかったもので……。」
「悪いな。少し静かに飲みたくなったからな。」
キャプテン・ローがテーブルに居る他の3人を見ながら言った。
確かに、こんなによくも盛り上がれるものだと思うくらいずーっと同じテンションで騒ぎ続けている。
彼らは、テーブルに入れた、既に何本目か分からないブランデーを飲み続けていた。
「何か、他のお酒出しましょうか。」
テーブルから持ってきたグラスを傾けている2人に言った。
キャプテン・ローが考えるように首を傾げ、頷いた。
「ああ……そうだな。ワインが飲みたい気分だ。」
「畏まりました。赤?白?」
「赤。」
カウンターの下にあるセラーから、店に置いてあるワインで一番良いものを出した。
「珍しいですね。」
「ここのメシが旨かったせいかもな。……ああ。いいワインだ。」
ワイングラスを傾げるキャプテン・ローにペンギンさんが言うと、キャプテン・ローがグラスを回しながら返した。
「ありがとうございます」と言うと、キャプテン・ローがおれを見た。
「カリタス。」
「……はい。」
急に名前を呼ばれ、些か緊張する。
キャプテン・ローがワインに目線を戻し、グラスに口を付けながら言葉を続けた。
「お前。うちのクルーの前で、海で生きる覚悟がある。と言ったそうだな。」
「……はい。」
「……なら……」
コトリ。と音をさせて彼がカウンターにワイングラスを置いた。
「海兵か、漁師にでもなれ。奴等も海で生きてる。」
「……んなっ!!違います!おれはキャプテン・ローの……」
「なあ、カリタス。お前……親を殺せるか。」
言い返そうとしたおれの言葉を遮って彼が続けた言葉に、思わず言葉を失う。
ペンギンさんは、口を挟まずグラスを持った手元を見つめながら、キャプテン・ローの話を聞いていた。
「海賊ってのは、ヒーローでもなんでもねえ。言葉通り、海に生きる賊だ。甘い幻想を抱くな。俺らの収入源が何か知らねえなんて言わせねえぞ。」
おれが言葉を返すこともできずに黙っていると、鋭かったキャプテン・ローの目が少し緩んだ。
「自分の息子が海賊にでもなったら親はどれほど悲しみ、苦しみ、憎しむんだろうな。」
キャプテン・ローがグラスに残ったワインを一気に煽った。
「……おそらく、死ぬほど、だ。」
カウンターにグラスをコトリと置いた彼は、中身が残ったワインボトルを持って立ち上がった。
「邪魔したな。これ貰ってくぞ。」
「……あ……はい……。」
ペンギンさんがポケットから沢山すぎる金をカウンターに置き、テーブルの3人を連れて店を出て行った。
「じゃあな。また来る。このワイン、また仕入れておいてくれ。」
キャプテン・ローがボトルを目の高さに掲げて言い、店を出て行った。
ドアベルの音が鳴り響き、エプロンで手を拭きながら厨房から親父が出てくる。
「やっと、帰ったか。ああいうのは金払いは良いが長くてなぁ。」
カウンターの上の金を見つけレジに仕舞いながら親父が言った。
先ほどのキャプテン・ローの言葉が蘇る。
「なあ、カリタス。お前……親を殺せるか。」
「……ん?どうした?お前、今日なんだかおかしいぞ。」
「……親父。」
「なんだ?」
「自分の息子が海賊にでもなったら親はどれほど悲しみ、苦しみ、憎しむんだろうな。」
「いや……なんでもない。」
「なんだ、お前?……ったく、今日はもう良いからさっさと寝やがれ。明日もそんなんだったら承知しねえぞ。」
親父がシッシと手を振り、おれをカウンターから出した。
おれが、海賊になる。と言ったら、親父はなんて言うだろう……。
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注)この世界は酒税法なんつーもんはないと思うので、持ち帰りOKて事にしてください。
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