No.06-side:BOY




ハルさんと別れ、そのまま街には戻らず、教会に続く道を歩いた。

教会までは建物が何もない道を往く。
途中に黄色い花が咲いていて、数本摘んだ。
蔦が絡むレンガ造りの塀に沿って歩けば、おれの背の倍ぐらいの高さの柵が現れる。
静かに柵を開け、中に入った。
美しい芝生の上、等間隔に四角い石が並べられている。

一番端の白い石。

十字架の彫られた平たい石の上に、摘んだばかりの花を置いた。
その場に跪き、腹の前で両手を合わせ組む。


……母さん。


跪いたまま、静かに目を閉じる。

海から吹く風がおれの頬を優しく撫ぜ、小さな悪戯のように髪を少し逆毛に立てた。
木々が揺れ、さらさらと葉がぶつかり合う音と、微かに波の音だけが聞こえる。
渦巻いていた気持ちがしん、と落ち着いていくようだった。


「カリタス?」


急に聞こえた声に、はっと顔を上げる。
振り向くとグレーの修道着に身を包んだふくよかな女性が立っていた。


「……シスター。」


まさか会うとは思っていなかった彼女の登場に少し動揺する。
なんせ、週一でこの墓に足を運んでいたにも関わらず、ここ数年一度も会わなかったのだ。


「まぁ、カリタス……大きくなったわね。マリアにそっくりになって。」

「シスターも、お元気そうで。」

「トレーネも、変わりない?」

「親父……ええ、元気ですよ。」


おれが返した言葉にシスターが泣きそうな顔で笑った。


「親父……そう、そう呼んでるの。よかった。家族になれたのね。」


彼女が続けた言葉に返事をせずに俯く。
シスターが俺の背に手のひらを当てた。


「久しぶりだもの。お茶くらい、付き合ってくれるでしょう?」


笑顔で見つめるシスターに、小さく頷いた。

−−

教会の隅にある部屋で、シスターが淹れた紅茶を静かに啜った。

開いた窓からは、隣の建物の庭が見え、賑やかな子供の声が聞こえる。
シスターが窓から隣の建物を眺め、口を開いた。


「貴方の知っている兄弟も、まだ何人か居るのよ。」

「……そうですか。」

「会っていったら?きっと喜ぶわ。」

「いえ、俺はもう、飲み屋の息子ですから。」

「……そうね。」


シスターが少し寂しそうな顔を見せた。
彼女が言う“兄弟”は、別に血が繋がっているわけではない。
あの建物に居る子供全てが、兄弟で姉妹なのだ。

俺の母親は、教会の孤児院で働いていた。
俺の親父は、母さんが洗礼を受け、教会に入ってから最後に愛した男。
愛し合った男…………ただ、プラトニックで。

母さんが病気で死んだ後、本物の孤児になったおれを、親父が引き取った。
僅かな服と僅かな道具しか持たない母さんが、唯一遺したものがおれだったからだ。


「親父には、感謝してます。」

「ええ……。」


シスターが慈愛に満ちた笑みを向ける。
そう、親父には感謝している。
好きだった女の息子とはいえ、一切血の繋がらない俺を養ってくれているのだから。


「シスター……。」

「うん?」

「おれには、今、憧れている人がいます。」


静かに話し出した俺に、シスターが真剣に耳を傾けたのが分かった。


「付いていきたい人が居る。ただ、彼に付いて行くにはこの島を出なければ……もしかしたら2度と戻ってこれないかもしれない。」


シスターが首を振り、相槌を打つ。


「その人に言われました。死ぬほど親を悲しませる、苦しませる覚悟があるのかと……。」


そこまで言って、俯き、静かに深呼吸をした。そうしなければ、涙が出てきちまいそうなんだ。


「親父は……どうだろう。親父も……悲しむかな。苦しむかな。働き手じゃなく、息子のおれが居なくなることに……。」

「カリタス。」


シスターの手が、おれの手の上に重なった。
俯いていた顔を上げ、シスターを見る。


「トレーネと、話しなさい。恐れる必要はないわ。」


温かいシスターの手に少し力が篭り、おれの手が握られた。


「大丈夫。貴方が思う以上に、トレーネは貴方を愛している。」


そう言って、微笑む彼女の目は、少し潤んでいるように見えた。


[*prev] [next#]

ALICE+