No.7-side:LAW




キッチンから鼻歌が聞こえる。

先程まで、正座のまま俺とペンギンにこっぴどく叱られ、目に大粒の涙を浮べていた女のものだ。
本当に反省してんのか?こいつは。

能天気な歌を口ずさみながら菓子をラッピングするハルの背後に近づいた。
斜めから覗けば、真っ白な頬に赤い筋が見える。
苦々しい気持ちで傷を見た。
後ろから腕を回してハルを抱く。


「いだあ!!」


赤い筋に沿って舐めてやった。
ハルが軽く睨みながら振り向く。


「ひどい、キャプテン!痛い!!」


抗議の声を上げるハルの額を指先で弾く。


「ひどいのはどっちだ。ったく、痕でも残ったらどうしてくれんだ。」

「……それ、私じゃなくてキャプテンが言うの?」

「お前は、髪から爪の先まで全部俺のものだからな。俺のものを傷つけた罪は大きいぞ。」

「……すみませんでした。」


俺の言葉に、ハルが顔を赤くし素直に謝った。
トン。と手に持っていた薬箱を、ラッピング途中の菓子の横に置く。


「顔、貸せ。消毒して薬くらいつけてやる。」


消毒薬をしみ込ませた脱脂綿をハルの頬に押し付ける。
ハルが「いっ……」と小さく声を漏らし、傷のある方の目を軽く瞑った。
軟膏を塗り、ガーゼを当てテープで止める。
頬を覆う大き目のガーゼのおかげで、少々大げさな感じに仕上がった。
幸い、大して血も出ていないし、大きな傷ではなかったが、これくらいしてやった方がこいつも少しは反省する気がする。

薬箱に道具を片付け始めると、ハルが数枚クッキーが入った袋の口をブルーのリボンで結んだ。
プリンの入ったガラスにラップを被せ、その上からさらにギンガムチェックの布を被せて同じブルーのリボンで留めてある。


「なんだ、それ?」


綺麗に包まれた菓子を指して聞くと、ハルが眉を下げて俺を見上げた。


「キャプテン、今日、あの男の子の酒場へ行ってくれませんか?」

「礼、か。」

「はい。」


クルーを……ハルを、助けてもらったんだ。言われなくても行くつもりでいた。
ハルから菓子の入った紙袋を受け取り、今夜もカリタスの働く酒場へ向かった。

−−


「いらっしゃいませ。……あ……キャプテンロー……。」

「おう。」


俺に気付いたカリタスに軽く返す。
今日はそれほど混んでいないようだ。
昨夜はほとんど厨房へ入りっぱなしだった父親も店へ出ている。
クルーが席に向かう列から外れ、カリタスの立つカウンターへ近づいた。


「カリタス。」


俺が声を掛けると、少々緊張したように背筋を伸ばす。
カウンターの中へ、紙袋を差し出した。
カリタスが不思議そうにそれを受け取る。


「ハルからだ。菓子だそうだ。……助けてもらったらしいな。……悪かった。」

「そんな……。」


カリタスが驚いたように首を振り、紙袋を此方に返した。


「それは、ハルの気持ちだ。もらってやってくれ。……今日は礼に来たんだ。高い酒をどんどん入れてくれ。料理は任せる。」


それだけ言ってカウンターを離れ、クルーの座る席へ向かった。


「少年!ハルのプリンは絶品だぞ!心して食えよ!!」


キャスケットがカウンターへ向かって叫んだ。

−−


賑やかなテーブルを離れ、一人、カウンターで飲んでいた。
俺の前にはカリタスの父親。カリタスは客が帰った後のテーブルを片付けている。


「よく働くな。あいつ。」

「え、ああ。……ええ、助かってますよ。」


カリタスに目をやりながら話すと、父親が軽く笑いながら返した。


「跡継ぎか?」


続けて聞くと、ふふふと鼻で空気を漏らすように笑いながら父親が首を振る。


「いやあ、そんなつもりはありません。こんな小さい店、俺一代で十分です。」

「そうか。」


グラスを回し、ブランデーに沈む氷をコロンと転がす。


「カリタスの名前はあんたが?」

「いや……。たぶん、母親でしょう。」


返した父親の言葉に首を傾げる。


「……たぶん?」


父親が肩を竦めた。


「俺は、あれの本当の父親じゃないんでね。」

「……そうだったのか。」


少々驚きながら、父親を見る。
確かにこの親父の息子にしては、カリタスは少々華奢だ。
しかし、其れは、あいつがまだ子供だからだと思っていた。


「似てないでしょう?あいつはどんどん母親に似てきやがる。」


俺の考えを読んだように、父親が話した。


「母親は、居ないのか。」

「……病気でね。」

「そうか。」


静かに首を振る父親から目を逸らし、ジャバジャバと洗い物をするカリタスを見つめた。


「愛……か。」

「あい……?なんです?それ。」


俺が呟いた言葉を、不思議そうに父親が拾った。


「何って、カリタスの意味だろ?アガペー、無償の愛。ちょっとクサいが……まあ、いい名前なんじゃないか。」

「そうなんですか……そうか……愛。……ああ、マリアらしいな。」


父親が動かしていた手を止めて、少し遠い所を見るような目つきをする。
少しして、俺の前に幾つかカナッペが乗った皿を置いた。
俺が差し出したグラスにブランデーを足しながら、父親が口を開く。


「あいつが世話になった修道院のシスターから、今日、電話がありましてね……。」


父親の話に耳を傾ける。


「どうやら、あいつ。憧れている人がいるらしいんでさぁ。どうも……その人に付いて島を出たいらしい。」


思いがけない話に、口元にグラスを運んでいた手が止まった。
父親は下を向き、ゆっくりグラスを拭きながら静かに言葉を続ける。


「誰でしょうね……あんな坊主が人生を掛けたくなるような人は……。」


目の前の皿から、生ハムとオリーブが乗ったクラッカーを手に取り口へ運ぶ。


「さあな……。」


短く返し、少々塩気の強かったカナッペを酒で流しこんだ。


「その話を聞いた時……俺ぁ、あんたの事だと思いましたよ。トラファルガーさん。」


父親が、俯いて作業の手を休めないまま、小さく言った。


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