No.08




ソファーテーブルに、食事を乗せたトレイを置き、カーテンを開ける。

キャビネットから、バスタオルを出し、キャプテンを起こす。
毎日繰り返す、いつもの動作。


「キャプテン、起きてください。」

「…………ん。」


このあとしばらく寝惚けるキャプテンを往なしてから、タオルを押し付けシャワーへ向かわせるのだ。

しつこく枕に顔を埋めようとするキャプテンの額に手を伸ばし、前髪を撫でる。


「起きてください。もうすぐお昼になりますよ。」


キャプテンが、ゆっくり目を開け、彼の頭を撫でる私の手をぼんやり見つめた。
そして、そのまま起き上がり、私の手からタオルを受け取りシャワー室へ向かう。

……わぁ。あっさり起きた。
いつもはしばらく私の腰にくっついて離れないのに。

珍しいこともあるもんだ。
彼が抜けた後のベッドを整え、簡単に部屋を片付ける。

バスタオルを首に掛けボトムだけを身に付けたキャプテンが、シャワー室から出てきたのを見てトレイからテーブルに食事を移した。
船が潜水中はニュースクーから新聞を買うことができないので、海面に出ているときと島に居る間は新聞を読むことを欠かさない。

しかし、私から新聞を受け取ったキャプテンは、それを開くことなくテーブルに置いてしまった。
テーブルの何も無い一点を見つめて、ナスとトマトのクロスティーニを黙々と口に運ぶ。


「キャプテン?」


声を掛けると、ようやく目線を私に寄越した。


「ん?」

「あの、新聞、読まないんですか?」

「あ?……ああ、新聞な。」


私の声にばさっと新聞を広げるが、その目は活字を追っていない。
遂には、手に持っていた食べ掛けのバゲットも皿に置いて、頬杖を付いて考え込んでしまったようだ。
しばらく待ってみたが、まるで銅像にでもなったかのようにキャプテンが動かないので、諦めて立ち上がった。

廊下に出ると、向こうからベポがやってきた。
空になった皿を持っていない私に不思議そうにベポが声を掛けた。


「あれ?ハル。お皿は?」


少し考えるが、上手く返す言葉が見つからず、苦笑いで肩を竦めて見せた。

−−


……やり辛い……。

大好きなはずのキッチンで、居心地の悪さを感じながら、とん、とん、とん、と玉葱に包丁を入れる。
私が作業をしている調理台と対面するカウンターにキャプテンが座っているのだ。
しかも、何か話すわけでもなく、本や新聞を読むわけでもなく、ただ、無言で私を眺めながら座っている。

彼は朝から何か考え込んでいる様子だった。
船長なのだから、私たちクルーとは違う悩みなど沢山あるのだろう。
もちろん私に話してくれるのなら、いつでも力になりたいし、聞く準備は出来ているのだが、ただ黙って見詰められていては困ってしまう。

向こうから話し出すまで待つつもりだったが、そろそろ此方から切り出してみようか。
切り終えた材料をボウルに入れ、手を洗って、コーヒーセットを取り出した。


「なぁ、ハル。」


ケトルに水を入れていた所でキャプテンが口を開いた。
少し、どきりとしながら手を止める。


「はい、なんですか?」


蛇口を閉め、手を拭き、食堂へ回ってキャプテンの隣のカウンターチェアへ座った。
キャプテンは横に座った私に視線もくれずに話し出した。


「12歳の子供が、たかが海賊に人生を掛けるって、どうなんだろうな。」

「……どうって?」


キャプテンが少し憂鬱そうな目を此方に向けた。


「そんなもんを掛けられる俺にも覚悟が要るってことだ。」

「あの子……クルーにするんですか?」

「いや。」


キャプテンが僅かに首を振る。


「まだ、決めちゃいねえよ。」


昨日、酒場で何かあったのだろうか。
あの少年のクルー入りを悩ませるような何かが。


「キャプテン。」


私の声に、キャプテンが、此方を向く。


「私、キャプテンに人生掛けてますよ。」


無言で私を見詰めるキャプテンに、微笑む。


「“たかが海賊”のキャプテンに、人生掛けて、海賊船乗ってます。」

「…………ああ。」


キャプテンが、小さく相槌を打つ。


「ベポも、ペンギンさんも、キャスケットも……クルー全員が、貴方に命を掛けてる。」

「そうだな。」

「“そんなもん”を掛けられる覚悟なんて、キャプテン、とっくに出来てるんじゃないですか?」


キャプテンは、私の顔をじっと見つめ、ふっと笑いを零した。


「……ああ。そうだった。」


笑顔を見せた彼に安心して立ち上がる。


「コーヒー、淹れますね。」

「ああ。」


キャプテンが、ばさっと音を立てて新聞を開いた。


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