No.07
「そろそろ、歩いていいぞ」
ある朝、トラファルガー・ローが、私の包帯を巻きなおした後に言った。
「!!……本当ですかっ?!」
「ただし、歩くだけだ。キッチンに立ったりクルーの仕事に手を出してみろ。この傷口抉ってやる」
待ちわびた言葉に身を乗り出して聞き返すと、彼は恐ろしいことを言って脅した。
「うぇ……えぐ、って……」
「ちゃんと言うこと聞いていればしない」
「あ、当たり前です!!」
少し必死になって言うと、いつも無表情で淡々と話す彼の口元が片側だけ上がった。
あ、笑ってる。カッコいい……でもすっごい意地悪そうでもある……。
−コンコン
「ハルー」
ノックもそこそこに、ベポが顔を覗かせる。
「ベポ。おはよう」
「あ、キャプテン!ハル、おはよう」
「おう。」
「ねぇ、ベポ聞いて。私歩いていいって!」
今しがた聞いたばかりのグッドニュースを伝えると、ベポはパッと目を開き、嬉しそうに口を大きく開けた。
「ホント?!キャプテンいいの?」
「ああ、だけど歩くだけだ。余計なことはするなよ。ベポ見張ってろ。」
「アイアイ、キャプテン!ハル、良かったね!一緒にラウンジ行こうよ!クルーの皆がいるよ。」
「うん!!……あ。」
「どうしたの?」
やっと動けると思って少し浮かれて忘れそうになっていた。
自分の服装のこと……。
今まではベッドに潜りっぱなしだったし、あまり気に留めてなかったが、身に纏っているのはバスローブ一枚なのだ。
体を拭くときに、着替えのバスローブを持ってきてくれるので清潔なものを身につけてはいるけれど、さすがにこれで歩き回りたくはない。
「あの、私の服って、どこに……。」
「え、あ、ああ。あの、あのね。えっと……。」
私が言うと、俄かにベポがあわて始めた。
「歩いて人に会うのなら、私、服が着たいのだけど……あと下着も。」
「捨てた。」
「……え?」
あまりにあっさり信じられない答えを寄越したトラファルガー・ローの言葉が聞き間違いかと思った。
「破けていたし、出血が多くて大分汚れていた。服といえるものではなくなっていたから捨てた。」
……聞き間違いではなかったらしい。
あのワンピース気に入ってたんだけどな……。
いやいや、そうじゃない。
服がないって、怪我が治ったらどうすればいいのだ。
どうしよう。許可はでたけど、やっぱり人目のつく時間に歩き回るのはよそうか……。
たまに訪ねてくれるクルーで話しやすい人もいたし、ベポとトラファルガー・ロー以外の人と話してみたかったのだけど……。
残念に思い、肩を落として俯いていると頭上で大きなため息が聞こえた。
「ベポ。」
「アイアイ。」
「ペンギンに言って、備品庫から一番小さいサイズのTシャツと下着とユニフォーム貰って来い。」
「アイアイ!待っててね、ハル!」
ベポは嬉しそうに医務室を飛び出していった。
「言っておくが、女物はないぞ。」
「……はい。ホントに、何から何までご迷惑をおかけしてすみません。」
「……お前。」
私がしょげながらお詫びの言葉を口にすると、怪訝そうな表情のトラファルガー・ローが話しながら丸椅子に座った。
「お前は、俺たちに助けてもらったと言って、よく礼や侘びを口にするが、自分が俺らに連れ去られたようには思わないのか?」
「……うちのクルーが助けたと、最初に教えてくれたのはあなたです。」
「ああ、確かにそう言ったな。でも、俺らは海賊だ。お前も俺の顔を見た瞬間、俺が何者か気づいただろう。そんな言葉で易々信じれるものなのか。」
「ほんと言うと……最初はちょっとだけ疑ったんです。攫われて娼婦や奴隷として売られるんじゃって……でも、すぐそんな考え消えちゃいました。」
「消えた」
「はい。一番大きかったのは、ベポです。あの優しい熊さんを私は疑うなんてできない。あと、あなたも本当はすごく優しい人だってことも分かったんです。」
勝手に料理をした時怒りながらも「助かった」と言った事、窓を見ていたくてカーテンを開けてて欲しいとお願いした時に見やすいように少し大きくカーテンを開けてくれた事。
傷の処置をする時も背中を拭くのを手伝ってくれる時もまるで壊れ物のように扱ってくれた事。
今だって、私のために着替えを手配してくれた事。
いつも不機嫌そうな表情で、言葉少なで、たまに話す言葉も乱暴だけど、彼が優しいことはこの数日で十分に分かってしまった。
目の前で驚いた顔をしている彼に、微笑みながらもう一度言った。
「優しいです。」
「……へんなやつ。」
私の言葉に、乱暴に返した彼は少し下を向いて片側の口角を上げた。
あれ、これって、笑ってる?
なんだか嬉しくなってますますニコニコと彼の顔を見つめた。
「ハル!おまたせ、もってきたよ!!」
元気な声が飛び込んできたので、カーテンから入ってくるベポに視線を移した。
「ありがとう、ベポ。……えと、じゃあ、早速着替えるのでお二人ともカーテンの外に……。」
「アイアイ!」
私に着替えを渡して、カーテンの外に出たベポに続くように立ち上がったトラファルガー・ローがふとこちらを見た。
「一人で着替えられるのか?」
「あ、大丈夫です。」
「遠慮するな。手伝ってやる。」
「え?ホントにだいじょ……、」
いやいや、それはマズいでしょと思いながら彼を見上げると、こちらを見下ろす彼の口元は片方上がっていた。
「か……からかわないでください!」
「優しい俺がせっかく手伝うっつってんのに。」
「いいから、出ててくださいよ!もう!!」
半分怒り声で追い出すと、クククと喉の奥で笑いながらカーテンの外に出て行った。
初めてトラファルガー・ローが私に冗談を言った……。
もしかして、ちょっと仲良く……なれた?
バスローブを脱いだ腕に黒いTシャツを通しながら、私は自分の口角が上がるのを感じでいた。
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