No.03-side:BEPO




「クッ……ククク……アハハハハハハハ」


キャプテンが、珍しく声を上げて笑った。


「ひどいよキャプテン!おれは真剣なんだ。」


椅子の背もたれが軋んだ音を立てるほど仰け反って笑うキャプテンに、頬を膨らませて抗議した。
キャプテンが、眼鏡を外してデスクに置き、片手で顔を覆ってから少し俯いて口元の笑いを収め、顔を上げた。
でも、目元は笑ってる。


「クク……悪い悪い。……で、なんでそう思うんだ?」

「だって、おれ、何にもできないし……。」

「そんな事ねえだろ?お前ほど戦える熊はそうそう居ねえぞ。」


そっか。それは確かにそうかもしれない。
だけど、と自分の手を見つめ、キャプテンの目の前でグーパーと指を閉じたり開いたりしてみる。


「でも、接近戦だけだよ。おれの手じゃ銃も弓も無理でしょ。」

「……ああ、そうだな。使えないことは無いかもしれねえが、あの手の得物は意外と繊細だから、誤射する可能性を考えたら扱わない方がいいだろうな。」


俺の言葉に、緩く頷きながらキャプテンが返す。
やっぱりそうだよね。
武器を使わないおれが手入れを手伝うと言っても、やらせてくれないだろうし、ハルのお手伝いもお皿洗いくらい。
お洗濯や、掃除もカリタスが来てから声を掛けられることはなくなった。
ペンギンみたいに難しい事はできないし、やっぱりおれにできることはないのか……。

色々思いめぐらせていると、おれの様子をじっと見ていたキャプテンが、もうすっかり笑いなんか浮かんでない顔で口を開いた。


「ベポ、もしかしてお前は戦う以外でも何かしたいって思ってるのか?」

「……うん……まあ。でも、船の中でおれにできる事なんてやっぱりないよ。ハルのお手伝いだって、今はカリタスが居るし。どう考えても戦闘以外でおれの仕事はないんだ。」


言いながら、最近この船に乗った線の細い少年を思い浮かべる。
キャプテンに憧れて海賊になったと言うだけあって、彼は今とても張り切っている。
しかも、すごく器用でそれが空回りしていないのがすごいなあ、と思うんだ。

短剣での接近戦の戦闘が一番得意らしいけど、成長に合わせて大きな剣を扱うようにもなるだろうし、今は小さな体でも扱える銃を、銃撃の得意なキャスケットに習っている。

陸の上ではお父さんと二人暮らしだった彼は家事も得意で、手の空いた時間はいつもハルの用事を手伝っているみたいだった。
だから、最近はハルとおしゃべりしたくて彼女に会いに行っても彼が居ることが多く、ハルと二人きりになる事が少ない。

ラウンジでキャスケット達とゲームをしたりして大笑いする時間もなんとなく少なくなったような気がする。
カリタスが頑張れば頑張るほど、おれはなんだか少しだけ、ほんの少しだけ、居心地が悪くなる気がした。

カリタスの名を口にしてから、自分が段々しょげていくのが分かる。
このままこの話を続けていったら、床に手を付いて落ち込んでしまいそうだ。
おれの様子を見ていたキャプテンが徐に立ち上がり、自分の座っていた椅子に代わりにおれを座らせた。
そうしたことでおれより目線の高くなった彼は、おれを見下ろし僅かに口角を上げる。


「……なあベポ。俺は前から、もしお前が覚えてくれたらと思っていたことがある。」

「え、そうなの?何だろう?」


キャプテンがそんな事考えていたなんて知らなかった。言ってくれれば良かったのに。
おれが不思議そうな顔で見上げると、キャプテンは薄く笑みを浮かべたまま背後の大きな書棚に向かった。
そして沢山の本の中から大きくて硬い表紙の本を一冊取り出し、おれに差し出した。


「え?これ……航海図……の本?」

「そうだ。」


差し出された本が何か分かると、受け取らずに慌てて首を振る。


「だめだよ、おれには難しいよ!だっておれ白熊だし!」

「そんなことねえさ。世の中には医学に長けたトナカイだっているらしい。」


キャプテンは肩を竦め、なんでもないというように話す。
医学のできるトナカイなんて初めて聞いた。
あまり冗談を言わないキャプテンだけど、流石にその話は嘘なんじゃなんかと疑ってしまう。

差し出されたままの本を見つめていると「ほら」と促すようにその本が揺れた。
それでも手を出さないでいると、キャプテンが小さく息を吐く。


「お前も分かるだろうが、地図や海図は俺らが船に乗っている限り最も重要な情報だ。」

「……うん。」

「たとえば、」


キャプテンが、おれに差し出していた本を適当に開いた。
青いグラデーションの中に黄色い島が浮かぶカラーページ。


「このラインは海の中の地形を表している。それで、この青い色が濃くなっている部分、分かるか?」

「うん。」

「これは海の深さ。こういう障害物のなるべく少ない深い部分をこの船は進んでいる。」

「へえ。」


少し興味がでて、キャプテンが開いたページを覗き込む。
おれの顔が近づくと、パタン、と鼻先でページが閉じられた。
あ、と思ってキャプテンを見上げると、少し真剣な顔のキャプテンがおれを見下ろしている。


「他にも選ぶ航路の条件は色々あるが、そういう船が進む航路は俺一人で決めているんじゃない。」

「知ってるよ。ペンギンと決めてるんでしょ。ペンギンは航海士だからね。」

「ああ、でもな。もう一人話が出来る奴が欲しい。それは多分ペンギンも思っている事だ。」

「そうなの?」


でも、そんなすごい役、おれにできるだろうか……。自信がない。
キャプテンがおれの顔を見ながら少し眉を下げて、首を傾げた。


「俺はクルーは全員信用しているが、こういう事はその中でも最も信頼のおける奴にしかやらせたくないからな。」

「信頼……?」


おれが呟くと、にやりとキャプテンが笑う。


「ああ、まず新入りの坊主には出来ねえ事だな。」


恐る恐る、目の前の本を受け取る。
新世界航海図と書かれた本の表紙をまじまじと眺める。
表紙から目を離さないまま、口を開いた。


「キャプテン、おれに、教えてくれる?」

「ああ、もちろんだ。」


おれの言葉にキャプテンが返す。
おれの決意が伝わったのか、キャプテンの指輪が嵌った手が、おれの肩に乗った。


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