No.04




−コンコン

ポスポスという音が混じった独特のノック音は、大好きな親友のもの。
ノックの音を聞いて、手元の編み針と毛糸を籠に戻す。
キャプテンに寄り掛かっていた体を起こし、ソファーから立ち上がってドアを開けに行く。

きっと、暇になって私とおしゃべりに来たんだろう。
キャプテンはずっと医学書を読んでいるけどお邪魔にはならないだろうか。
うるさくなりそうだったら、ラウンジに移動すればいいか。
そうだ、冷蔵庫に隠しおやつのチョコレートがあるからこっそりベポにだけ分けてあげよう。


「いらっしゃい、ベポ。」


うきうきとドアを開けて、そこに立っているであろう白熊さんを迎え入れる。
私がドアを開けたのを見て、彼は少しだけ驚いた顔をした。


「あれ?ハル、いたんだ。入ってもいい?」

「え?もちろんだよ。どうぞ。」

「ありがとう。」


あれ?彼は私に用があったのではなかったのか。
私の横を通り過ぎて一直線にキャプテンに向かっていくベポを見つめる。
キャプテンもベポの姿を見ると、開いていた医学書を閉じて脇に寄せた。


「キャプテン、あのね、教えて欲しいことがあるんだ。」

「……どこだ。」

「あのね、この海図の、例えばこういう場合なんだけど……。」

「ああ、これは……。」


ベポは、くるくると筒状に巻かれていた図面をキャプテンの前に広げ、手に持っていた何冊かの本を栞の所で開きながら図面の上を指でなぞり始めた。
キャプテンはその指先を見ながら何か説明している。


「俺が前にこの船が何ノットで進んでいると言ったか覚えているか。」

「ええと、1マイル……1マイル何ノットだったっけ、たしかこっちにメモしたんだ、えっと……。」


いつもまったりお昼寝したり、お喋りしたりするベポの雰囲気は微塵もない。
全く私が入っていける空気ではなかった。
そっと、キャプテンの横に近づき、少し寂しい気持ちになりながら毛糸の入った籠を取り上げる。
その瞬間、キャプテンはチラ、と私を見たが、ベポは私に気付かないほどキャプテンとの話に集中しているようだ。
ベポに話しかけながら、私の手の甲をポンポンと軽く叩いたキャプテンに小さく笑いかけ、邪魔にならないようにそっと船長室を後にした。


−−


業務用の大きな冷蔵庫を開ける。

上から3段目のスペースに、普通より大きめの容器に入ったプリンが入っている。
その手前には、ティッシュ箱の半分位の大きさのアップルパイ。
昨日と今日のおやつと同じメニュー。
夕食前や夜中に急にお腹が空いちゃうベポのために余分に用意しているものだ。
彼もそれを分かっているようで、おなかが空くとまず冷蔵庫を覗きにやって来るのだ。いつもなら。

しかし、ここ最近、ごはんの時間以外で殆どベポの姿を見ることがない。

どうやら、キャプテンと何かやっているらしい。
聞き耳を立ててみると、どうやら航海に関することを勉強しているらしいが、けっこう難しそうだ。
勉強どころか、今までベポが本を読んでいる所など見たこともなかったのに。


「ハルさん。」

「ああ、カリタス。」


ドアの所にいつの間にか立っていた、私より少し背の高い華奢な少年に気付く。


「手が空いたんですけど、何かお手伝いすることありますか。」

「あー、今はお願いすることないや。ありがとうね。」


実際、彼が来てから私の仕事は格段に楽になった。
今だって私もやる事がないくらいなのだ。
それを伝えると、彼は少し残念そうな顔をした。


「あの、じゃあ、ここに居ても?」

「もちろん。あったかいココアでも淹れようか。」

「はい!」


彼に座るよう食堂のテーブルを指し示す。
テーブルの上には私の編みかけの毛糸と編み針が入っている籠が置いてある。
その中から毛糸玉を一つ取り出した彼は、ボールを扱うようにポンポンと手の中で転がしていた。


「はい、どうぞ。」

「ありがとうございます。」


お礼を言って、勢いよくカップを口元へ持っていく彼に「あ!」と片手を出して制止する。


「言い忘れてたけど、すごく熱いから気を付けて。」


私が声に出した時にはすでに遅く、熱そうに顔を顰めたカリタスは「べ」と赤くなった舌をだした。
それに、クスクスと笑いながら彼の向かいに座る。
編みかけの毛糸を取り出し、編み針で小さな隙間からオレンジの毛糸を掬う作業を始めた。


「もう、船には慣れた?」


編みながら、手持無沙汰そうに毛糸玉を弄る少年に声を掛ける。


「あ、はい。皆いい人だし……でも、まだまだかな。」

「そっか、大丈夫。直に馴染むよ。」


年齢層の若い海賊団ではあるが、カリタスは群を抜いて若い。
おうちが接客業だったからか愛想もいいし、顔も可愛いので皆に弟のように可愛がられてはいるが、古いクルー達のように、すぐに馴染めないのは無理もないだろう。

こんな時、彼が居てくれたらいいのに。と思う。
彼は、人と仲良くなる天才だ。
私もここのクルーになる時、彼が居たからこの船のメンバーに直ぐに馴染む事が出来たのだ。


「何を、編んでいるのですか?」

「ああ、これ?これはね……。」


カリタスの問いかけにオレンジの毛糸を編みながら、丁度今考えていた彼を思い浮かべる。
最近、忙しそうな、本当はのんびり屋の彼。


「これは、ベポの帽子だよ。」


彼のユニフォームと同じ色のオレンジを、目の高さに翳す。


「ベポさんに、帽子……?」


私の言葉を小さく繰り返したカリタスは、少し不思議そうな顔をする。
そして、少し想像するように視線を宙に向けた後、目を細めて楽しそうに笑った。


「ベポさんの白によく似合いそうです。」


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