No.08-side:BEPO




食べ終わったプリンの器をもって、自分の部屋に閉じこもっていた。

ハルに、酷い事を言ってしまった。
キャプテンを、怒らせてしまった。
ペンギンの、コンパスを失くしてしまった。

大好きなはずの3人に会うのがなんだか怖くて、部屋から出れずにいた。

ベッドに腰掛けて、壁に付いた丸い窓を見る。
ぶくぶくと泡立つもうすっかり見慣れた青の世界を眺める。
そういえばハルはこの船の窓から見える海の世界が大好きなんだ。

手の平で包んだ、もう空になった白い器を見下ろす。
器の底に僅かに溜まったカラメルを見ながら、途端にハルに会いたい気持ちが募って、胸が苦しくなった。


コンコン、

控えめに部屋のドアがノックされる。
たった今頭の中で思い描いていた人物が訪ねてきたのでは、と無意識に肩がびくりと跳ねた。


「おい、ベポ。居るか?」


しかし聞こえてきたのは、古い友人の声。


「……キャ、ス……ケット?」

「お前、大丈夫か?腹の具合でも悪いのかよ?」


声の主の名前を呼ぶと、気遣わしげな声が返ってきた。

思わずベッドから飛び降りてドアに駆け寄る。
ドアを開けると、開けたドアの勢いに少し驚いたような顔をしたキャスケットが立っていた。
おれの顔を見上げると、そのサングラスの奥の瞳が細められる。


「よ。」

「キャス、ケット……。」

「お、おいおいおい。どうしたんだよ。」


彼の顔を見た瞬間、無意識にぽろぽろと涙が出てきて止まらなくなった。
キャスケットが慌てておれを部屋の中へぐいぐい押し込む。
押されるがままに部屋に入ると、さっきまで座ってたベッドに再度座らせられた。
キャスケットの背後でバタンとドアが音を立てて閉まる。

キャスケットは、ベッドに座っても変わらず涙を流し続けるおれを見て、小さく溜息を吐くと、ベッドサイドに椅子を引きずってきてそこに腰掛けた。
べそべそと頬の毛を濡らすおれをしばらく何も言わずに眺めていたキャスケットは、おれの手から空の器を取り上げる。


「プリンか……。」


乾き始めたカラメルの汚れを眺め、キャスケットが僅かに微笑みながら呟く。
ベッドサイドのテーブルに、おれから取り上げた器を置いた。


「うまかったか?プリン。」


彼から出てきた言葉は、何故か今の状況に合っていないような気がした。
しかし、彼の言葉に、こくん、と頷く。
「そっか。」と笑った彼は自分より高い所にあるおれの頭に手を伸ばして、少し乱暴に撫でた。

ひっくひっくとしゃっくりはでるものの、やっと涙は止まり、頬の毛を逆毛に拭うと手の甲に水滴が移った。


「相変わらず、ハルはベポに甘いな。」


くすくすと笑いながら言う彼の言葉に、絶望的な気持ちで返す。


「で、でも……。もう、たぶん、嫌われたよ……。」

「はぁ?ハルが?んなわけねーだろ。」


キャスケットが素頓狂な声で聞き返す。


「だって、おれ、ハルにひどい事言った。」

「ひどいこと?」


キャスケットが怪訝な顔でオウム返しに俺の言葉を繰り返した。
おれの顔を覗き込む彼の視線を避けるようにベッドから立ち上がる。
そして、丸い窓の下に置かれたデスクの上から一冊の本を取り上げた。
それを椅子に座ったままおれの動きを追っていたキャスケットに差し出した。


「……航海図?」


なぜ、こんなものを?というニュアンスが滲んだ彼の言葉に頷きを返す。


「おれ、戦う以外なんにも出来ないから、キャプテンに教えてもらって、勉強してたんだ。」

「おまえが?……へえ……へえ!そうだったのか!」


驚きと、何処か納得した様子で、彼がまじまじと航海図の冊子を眺めた。
パラパラと頁を捲り、ふとその手を止める。


「で?なんでそれでハルに嫌われるんだ?」

「だから、……あー……。」


最初から説明すべきかと思いながら、でもきっと、言ったら目の前の友人もおれを見損なって嫌いになっちゃうんじゃないかという不安になり、言い淀む。


「えっと、きっと、おれはすごく悪い事をしたんだ。……だって、キャプテンがすごく怒っちゃったから。キャプテンが怒ったのはおれが悪かったからなんだ。多分。でもおれは、怒られたショックとか不満とかでハルにひどいこと言った。」

「うーん……えっと?よく分かんねえけど、ハルに八つ当たりしたって事か?」

「八つ当たり!……そう!八つ当たり、した……んだ。」


自らに渦巻いた苛立ちをハルに放った行動の正体を言い当てられて、自分自身に納得した。
そうか、おれはハルに八つ当たりをしたんだ。

ただ、その八つ当たりは、キャスケットに告げた理由では足りない。
キャプテンやカリタスに構ってもらえるハルが……ハルやキャスケットに構ってもらえるカリタスが、おれを仲間外れに仲良くしているようで、なんだか少し憎らしく思えてしまって、苛立っていた。


「まあ、ハルはそんな事でお前を怒ってなんかいないだろうし、そんなに気にする必要はないとおもうけどな。」


キャスケットが、少し俯くおれの顔を覗き込む。


「でも、気まずいならゆっくり仲直りしたっていいと思うぜ?そういう時もあるさ。」


彼が続けた言葉に顔を上げる。


「でも、ベポ。一人にはなるなよ。こんな部屋で一人ぼっちで泣いてるなんてお前らしくねえよ。ハルやキャプテンと居るのが嫌なら俺と居ろ。」


おれの肩にキャスケットの手の平が乗る。
おれが自ら話した事以外に深く追及してこないキャスケットの優しさが嬉しかった。


「な?一緒に飯食いに行こうぜ?」


また、鼻の奥がツンとして熱を持つ感覚を必死に抑えながら、こくり、と首を縦に振った。


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