No.09
「どうした?キャスケット達と町へ行かなかったのか?」
キッチンの端っこに置いた丸椅子に座り、ひたすら編み針を動かしていると、声が掛けられた。
「……ペンギンさん。」
視線を上げるとカウンターの向こうの食堂からこちらを覗き込んでいる顔が目に入った。
掛けられた言葉に、手元の編み物を軽く持ち上げてみせる。
「これ、もう少しなので早く仕上げてしまいたくって。」
「そうか。」
私の言葉に軽く頷いた彼は何か思いついたように「そうだ。」と言ってそのままカウンターチェアーに腰掛けた。
「ハルが居るなら、お前にコーヒー淹れてもらおう。」
「はい、ちょっと待ってて下さいね。」
彼の注文に了承を返し、途中の編み物を籠に戻し立ち上がる。
ケトルに水を入れ、火に掛けた。
キャビネットからマグやドリッパーを出し、カウンター上の吊り棚からコーヒー粉の入ったキャニスターを取り出した時に、カウンターに座るペンギンと目が合い小さく微笑まれた。
それに同じように返すと彼の瞳が優しく細められる。
「この島は気に入らないか?」
「え?」
ふいに落ちた問いに、思わずお湯を注いでいたドリッパーから目を離し、彼を見上げる。
いけない、と慌ててドリッパーに視線を戻す。
「なんでですか?」
「だってお前、この島に来てから全然船から降りていない。」
「……。」
ベポと喧嘩(?)をしてから、私は仲直りの機会を持てないでいた。
なんで仲違いするのはこんなに簡単なのに仲直りは難しいんだろう、と考える。
しかし、答えは簡単で、単に私は経験値が少ないのだと思う。
なんせこの船に乗るまで友達と言えるような友達を持ったことがない。
この船に乗ってから、キャスケットやキャプテンと小さな喧嘩をしたり気まずくなったりしたことはあるが、2人とも大人なので私から何かしなくても少し時間を置くと向こうから歩み寄ってくれて仲直りのチャンスをくれる。
つまり、私は自分から仲直りをする方法が分からず、うまくベポに近づくことが出来ないでいた。
最近のベポはキャスケットと常に行動しているようだ。
私は一人で島に降りることを許されていない。
なので、島に着いて、食材や備品の買い出し以外で町に出たい時は、大体キャスケットを伴って出ることが多い。
今回も自然にキャスケットに声を掛けようとしたのだが、当然ベポの姿が見え、声を掛けそこなってしまった。
キャプテンはログが溜まるのに時間がかかる島では“面倒”を避けるため、残り2・3日になるまで船を下りることを控えている。
他のクルーに付いてきてもらっても良いのだが、なんとなくそこまでして船を下りたい用事も思いつかず、結局初日の買い出し以降、日がな一日編み物をしている日々が続いていた。
ペンギンがマグカップを傾けながら、思わず黙り込んでしまった私を上目遣いで覗き見る。
目を合わせると、彼の視線は天井を向き、何か考えるような表情を見せた。
そしてすぐに私に視線を合わせる。
「ハル。」
「……はい。」
「俺は今すごく暇なんだが。」
「?……はい。」
「暇つぶしに付き合ってくれないか?」
「……はい?」
「町に出よう。」
そして、ぐいとマグカップを煽りコーヒーを飲み干した彼は、ぽかんとしている私に「ごちそうさま」と空のカップを押し付ける。
「じゃあ、10分後に甲板で。」
そう言って立ち上がり、食堂から出て行こうとしたペンギンは入口の手前で「そうだ」とこちらを振り向いた。
「ああ、暇つぶしだから、前みたいな忙しない買い物じゃない。安心しろ。」
ぱたん。と軽い音を立てて食堂のドアが閉じる。
呆けた顔で立ち尽くしたままの私は、この船に乗って間もない頃、私の私物を買うためにペンギンと島中を歩き回った怒涛の買い物を思い出した。
その後、あまりペンギンと二人で町に出ることはなかったが(ちょっとしたトラウマだ)、まあ忙しなくないと本人が言っているのだから大丈夫だろう。
まだ温かい空のマグカップを手早く洗い、着替えるために自室へ向かった。
−−
本当にぶらぶらと、特に目的もなく会話も殆ど無く、ペンギンと二人並んで町を歩いていた。
別に彼と仲が悪いという訳ではないが、ペンギンという人は元々口数の多い人ではないし、先輩後輩はあっても役職に上下の無いクルーの中で、唯一“副船長”という肩書を持つ人であるので、どうしても上司として接してしまう感がある。
父や兄のような存在でもあるが、二人きりになると僅かに緊張感があり、ある意味キャプテンより私にとっては“上司”だ。
それでも、優しい彼は本屋やハーブのお店など私が興味を持ちそうなお店を見つけると、さり気なく誘ってそのお店をゆっくり見せてくれるのだ。
「疲れないか?」
隣から掛けられた声に、ぶんぶんと首を横に振る。
そうか、と軽く頷いた彼の視線は、また両脇に立ち並ぶ店のウインドウに向けられた。
同じように、両脇のウインドウに飾られるアイテムに視線を向ける。
ジュエリーのお店では目も眩むようなネックレスと指輪とティアラか飾られ、紳士服のお店ではマネキンがカッチリとスーツを着込み、その後ろの棚では沢山の生地が収められている。
外壁を色とりどりのレンガで飾るお店のウインドウを覗き込むと、ジェリービーンズやキャンディーが入った透明のタンクが立ち並ぶのが見え、カラフルでキラキラした店内に思わず足を止めた。
わぁ、量り売りのお菓子のお店だ。ベポ、こういうの好きそう。
思わず微笑んで、そして直後に少し憂鬱な気分になった。
小さく俯いた私の頭に、ぽん、と温かい重みが乗る。
それは今隣にいる人の一つの癖のようなもので、私にはとても馴染み深い、そして安心感を齎せてくれるものだった。
自分の顔から暗い雰囲気を意識的に追い出し、笑って隣の彼を見上げる。
彼は私の頭の上に手の平を置いたまま、笑顔で私の顔を見下ろした。
私服の時は帽子を被ってない彼の黒い髪がサラリと揺れる。
「楽しそうな店だな。ベポの土産にいいんじゃないか?」
帽子のつばで隠されていないので、今日は彼の笑顔が良く見える。
屈託ないその笑顔とは対照的に、提案を受けた私の顔は瞬時に強張った。
引き攣る頬を隠すように慌てて顔をウインドウに向け、また頭をぶんぶんと横に振った。
その拍子に、頭の上に乗っていた彼の手の平が外れる。
「此処のは……やめておきます。」
「……そうか?」
ぽつりと返した言葉に、彼がほんの少し戸惑いを含んだ声色で返す。
1歩2歩、ウインドウから離れれば、また、先程のように目的もなくぶらぶらと歩きはじめる。
お菓子屋さんからそう何メートルも進まない内に、落ち着いた木目とブロンズのウインドウが目に入った。
船に乗るまで目にしたことの無かった商品が並んでいる。
ウインドウ一杯に広げられた新世界の航海図の前には、羅針盤や六分儀、ログポース等が並べられていた。
思わず、足を止め、ウインドウを覗き込む。
ディスプレイの端の方に“DIVIDERS”と書かれた小さなプレートが立ち、その横に両脚に針を持つ海図用のコンパスがケースに入って並んでいた。
それらに目を奪われていると、横に並んだペンギンが少し屈み、私の視線を追うようにウインドウを覗き込む。
「どうした?」
「……あ、あの。」
迷って、少し視線を彷徨わせるが、意を決し問いかけてきたペンギンに口を開く。
「私、欲しいものがあるんですけど、このお店に入っても良いですか?」
私の要望に、少し意外そうな顔で目を丸くしたペンギンだったがすぐに頷き、私は自分では触ったことも無い道具が並ぶその店に恐る恐る足を踏み入れた。
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