No.13-side:CREW
「ああっ!また、角とられた。」
パタパタパタ。
軽い音を立てて丸い石がグリーンのフェルトの上で立て続けにひっくり返る。
ほんの今しがたまで優勢だった白があっという間に黒に押される形となった。
「ベポさん、結構心理戦簡単にひっかかりますね。」
「えっ!心理戦?そんなのあったの?」
「……。」
「気付かなかったよー。」
おれが角を狙っているように思わせないためにしていた工作はなんだったんだろう。
真ん中あたりに妥当な置き場がないから致し方なく角に置いた風を装った先程の自分は、まさに独り茶番だったわけだ。
ほんの少し目を細めて白熊の先輩を見る。
彼はそんなおれに気付く様子もなく、難しい顔をしてオセロの盤を見ながら次々と口の中へマシュマロを放り込む。
ピンク、黄色、水色、ピンク、ピンク、黄緑……
彼の口に吸い込まれていくカラフルなマシュマロから目を離さず、なんとなく流されていた問いをもう一度投げかけてみた。
「ベポさん。おれに何か用事があったんじゃないんですか?」
「うーん、あ、マシュマロ食べる?」
向けられた袋の中を覗くと、もう三分の一ほどしか残っていなかった。
しかし、特に断ることも無く、中からひとつオレンジ色のマシュマロを取り出し口に放り入れた。
ふんわりとして甘いそれは、色の期待を裏切ることなく、口に入れた瞬間柑橘の香りが鼻を抜けた。
大きな白い手が盤上に伸びて一つ白い丸が置かれ、次いでその隣の黒が二つ白に変わる。
「オセロってさぁ、バニラクリームが乗ったココアクッキーみたいだよね。」
「……はぁ。」
「あー、おれの用事だっけ。今やってるでしょ?」
「えっと。オセロですか?」
「うんそう。君と仲良くなってみたくなったんだよ。」
そう言って、ベポさんは大きな口をニカッと開けた。
−−
結局盤上のほとんどが黒で埋まり、申し訳程度に白が散らばった所でゲームセットを迎えた。
「あーあ、負けちゃったー。」
ベポさんが両手を天に向けバンザイをした格好でそのまま背後へゴロリと転がった。
仰向けに倒れても尚、腹の上に乗せた菓子の袋からマシュマロを取り出し口に放り込む姿を目の端で捉えながら、フェルト地の盤上に並んだオセロを集める。
「カリタスは、何でも出来て凄いなぁ。」
カチリカチリと音を立てながらプラスティックケースに丸い石を収めていく。
ひとつの箱を収め終わり、もう一つの箱に同じように仕舞いながら、白熊の先輩に言われたことに首を捻る。
「なんでも出来るわけじゃないですよ。」
ぽつりと零れた呟きに、ベポさんは寝ころんだまま首を擡げた。
彼が顔を上げたのは目の端で分かってはいたが、視線は手元のプラスティックケースに固定したまま言葉を紡ぐ。
「おれがこの船でやらせて貰ってる仕事は、おれじゃなくても良い事ばかりじゃないですか。おれは……まだ、必要とされる事がないから。そんなに……居場所も……。」
ああ、言ってて悲しくなってきた。
そこまで紡いだところで、目の端の白い体がガバリと起き上ったのが分かった。
思わずそちらに目を向ける。
「おれと、一緒だ。」
じっとおれを見つめながら呟いたベポさんの言葉に瞠目する。
「おれもだ。……おれも、居場所が欲しかった。」
「……ベポさんが?」
まさか。なぜあなたが?
だってベポさんは、おれとは全然違う。
この船の古参のクルーでマスコット的存在で、クルーの誰からも愛され、戦闘も強い。なのになぜ?
解せない気持ちを隠すことなく彼を見返すと、彼は少し困ったように笑う。
そして、少し辛そうな面持ちで、おれから視線を逸らした。
「おれは戦う機会が無きゃ何もできないから、他に何か仕事がしたいと思ったんだ。……でも、上手くいかない。」
バツの悪そうな顔をして少し視線を下げた彼の手の中で、マシュマロのパッケージがクシャリと音を立てた。
そして、ちら、とおれの顔を見て「内緒だよ」と言う。
小さく頷くと、またおれから目が逸らされた。
「おれ、航海士の勉強してた、んだ。」
「え?」
「キャプテンが、勉強してみないかっていうから。」
「え!すごいじゃないですか!」
彼がした挑戦が予想をはるかに上回っていた事に、素直に声を上げた。
思わず身を乗り出したおれを苦笑を滲ませて見てからゆるゆると首を振る。
「でも、だめだった。」
「……なんでですか。」
航海士の為の勉強というのは、海図を読むだけじゃなく、船をうごかすわけだから、やっぱりすごく難しいんだろうか。
おれの問いに困ったようにくすりと笑ったベポさんは、遠い視線をしたまま言葉を続ける。
「キャプテンに、もう教えてあげないって言われちゃった。……ハルとも仲直りできないし。」
そして天を仰ぎ、あーあ、と声に出して溜息を漏らす。
そうか、あまり仲良さそうに見えなかったのは、彼とハルさんは仲違いをしていたのか。
どうりで、と違う所で納得し、今しがたベポさんが話したことを思い浮かべる。
「あの……なぜ航海の勉強をキャプテンに教わるんですか?」
「……え?」
ふと思ったことが、自分で噛みしめる前にポロリと唇に落ちた。
「だって……航海士の勉強を教わるなら、ペンギンさんじゃないんですか?」
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