No.14-side:BEPO




「だめだよ!だめだめ!ペンギンには絶対聞けないよ!!」


目の前で手を我武者羅にぶんぶん振り回すと、カリタスはきょとんとした顔で首を傾げた。


「え、でも……えっと、だって……。」


至極不思議そうにおれを見つめるカリタスを前に、なぜペンギンに教えてもらえないのかおれは彼にすっかり話してしまった。
つまりハルと気まずくなった原因も全て。

おれから話を聞いていたカリタスは、最初は真剣な顔で、途中困った顔で、そして最後には苦笑を浮かべた顔に変化していた。
そして申し訳なさそうに口を開く。


「おれ、ベポさんの勉強も、キャプテンやペンギンさんに気まずく思ってる気持ちも、おれにはどうにもできないですけど……。」


少しの沈黙の後、彼は力強い声を上げた。


「でも、一つだけわかります。ハルさんは、ベポさんと仲直りしたいと思ってますよ。」

「……ハルが言ってたの?」

あまりにも自信満々に言うもんだから、彼はこの事をもしかしてハルからも聞いてたんじゃないかと訝しんだ。
しかし、彼はおれの問いに首を横に振りながらも、自信満々に笑みを浮かべる。


「いいえ、でもわかるんです。」


だから、なんで分かるんだよ。
続けて問いかけようとするおれの言葉を阻むように、カリタスのまだ大人に成れない細い手がおれの手の平を掴んだ。
跳ねるように立ち上がった彼がその勢いのままおれの手を引く。


「何やってるんですか!行きますよ!!」


引っ張られる手を宙に浮かせたまま、立ち上がろうとしないおれを少し怒ったような口調でカリタスが促す。
もたもたとしながらようやく立ち上がるや否や、彼はおれの手をそのままぐいぐい引っ張りながら歩き始めた。
半ば引きずられるようにしながらおれより随分小さい少年についていく。


「ねえ、何処に行くの。」


おれの問いかけに、ちらっと視線をこちらに寄越しただけで彼は答えなかった。
小さく溜息を吐いて、おれはそれ以上口を開くのををやめた。
懸命におれを引っ張るその手の平は振り払おうと思えば容易に出来るものだったけど、おれはハルよりほんの少しだけ大きい、でもまだ小さな背中に付いて歩いていた。

ラウンジを抜け、2つ角を曲がり、操舵室へ向かう階段の前を通り、医務室を通り過ぎ、もうひとつ角を曲がる。

このあたりで何処に向かうのか大体予想できてしまった。

……行きたくない。
でも、いつまでもこのままで良いとはもちろん思わないし、おれ一人では行く勇気の無い場所だ。
良い機会なのかもしれない。

前は無意味に入り浸っていた場所。
今は、日に三度の食事以外では足を踏み入れなくなった場所。
先程初めてカリタスと向き合った場所に、おれは再度向かっていた。

バタン!と大きな音を立ててカリタスが食堂の扉を開ける。思わず扉の影に身を隠した。


「あ、わ、わ、ごめんなさい!勢い付いちゃって。こんなに大きな音を立てるつもりは……。」


先に食堂に足を踏み入れたカリタスが、中に居るであろう人物に慌てて言い訳を連ねている。
それを受けて中からコロコロと鈴を転がすような笑い声が聞こえた。


「いいよ、気にしないで。」


クスクスと可笑しそうにしながらも続いた声に、胸がぎゅっと締め付けられた。


「それで、どうしたの?」


続いた声にカリタスが「あの……。」と何か言い掛ける。
しかし、彼の言葉を遮って、おれは口を開いていた。


「お腹が空いたんだ、ハル!」


殆ど無意識に声を上げていて、思わず口を押さえる。

おれは何をやっているんだ。
しかも、扉の向こうからは見えない位置に隠れたまま……。
し……ん、と静まり返り、その沈黙が張りつめたように感じ、此処から逃げ出したい衝動に駆られた。

もうラウンジに戻ってしまおう。
そう思ってぎゅっと瞼を強く瞑る。


「……レーズンパンが、あるよ。」


近い位置から掛けられた声に、驚き目を開ける。
見下ろせば、いつの間にかこんなに近くにいたハルが、高い位置にあるおれの顔を覗き込んでいた。

カリタスよりももっと小さい手がおれの手をつかまえる。
ハルの手のぬくもりが、おれの手の平の肉球にじわりと広がった。


「来て。シュガーバター塗って焼いてあげる。」


おれを見上げて、「ね。」とほほ笑むハルの顔が滲むように歪む。
こくりとひとつ頷くおれに滲んだハルの顔が笑みを深くした。
手を引かれ、食堂へ足を踏み入れる。


「ハル」


おれの呼びかけに数歩先行くハルが「ん?」と振り返った。
コロリとおれの視界を滲ませていた原因が目から零れ落ち、頬の毛を僅かに濡らした。
綺麗になった視界でハルが笑っている。

――ごめんね。


「レーズンパンに塗るの……マーマレードバターにして。」


ごめんね、の代わりに出てきた言葉に、ハルとカリタスが可笑しそうに笑った。


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