No.15-side:BEPO




「キャプテンじゃなくて、ペンギンさんから?」


おれとカリタスが座る食堂テーブルの一角にハルが温かいココアを3つ置いた。
おれの前には厚切りレーズンパンのトースト。


「お願いハル、キャプテンには黙ってて!!」

「うん、それはもちろんいいけど……。」


マグカップから上がる湯気をふぅふぅと吹きながら、カリタスが上目遣いでおれを見上げた。


「そんなの、教えて下さいって普通に頼んでみればいいじゃないですか。」

「そうだよ。ベポはペンギンさんと仲良いんだし。」

「で、でも……。」


口ごもるおれに2人が怪訝そうな顔をする。


「だって……。」


少し迷ってから、意を決して内緒話のように身を乗り出して小声で告白した。


「実は……ペンギンに借りていたコンパス、失くしちゃってまだ見つかってないんだ……。」

「…………ああ!」


神経質に囁いたおれと対照的に、ハルが一瞬考えた後に朗らかで大きな声を上げた。


「それなら、私がペンギンさんに返したよ。」

「っっっ……ぐ……?!」


驚き過ぎて思わず頬張っていたレーズンパンを吹き出すところだった。
寸での所で何とか口の中に押し留める。
慌ててココアのマグカップを口に運ぶも、熱々のそれはおれの口の中をよりパニックに陥れた。

ハルが慌ててキッチンに走り、冷蔵庫からアイスティーを取り出しグラスに注いで戻ってくる。
目を白黒させているおれの手に持たせ、ようやくそれを飲み込んだおれはふぅ、と一息つくことができた。


「……え……い、いつ?どこにあったの?」

「何処って、船長室だよ。ベポ、忘れて行ったでしょう。」

「え?……ああ!……ああ、そうか。」


おれは失くしたんじゃなくて、忘れて行ったのか。
あの時船長室にハルが居なかったのは、ペンギンのコンパスを返しに行ったからだったんだ。きっと。
ペンギンにコンパスを返してないと思っていたから、ペンギンにも、キャプテンにも顔が合わせ辛かった。
ようやく胸に支えていたものがひとつとれて気分が楽になった気がした。


「そっか、ごめんね。私も早く言えば良かったね。」

「ううん、ハルのせいじゃないよ。おれがハルを避けていたんだし。」


済まなそうな顔をするハルに苦笑を返しながら、冷たいアイスティーをもう一口飲んだ。


「あ。」


ぽん、と思いついたようにハルが両手を打つ。
カリタスとおれが彼女に注目すると、ハルはおれ達を見回し、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「じゃあ、どうせ教えてもらうなら……。」


−−


「え?船長に内緒で航海士の勉強がしたい?!」


ハルに引きずられるように食堂に連れてこられたペンギンが素っ頓狂な声を上げた。


「しかも、ベポが?」


彼には珍しく、不躾にも人差し指でおれを指した。
帽子のつばでその目元は見えないが、口元は唖然と開かれている。


「ペンギンさん、キャプテンから何も聞いてなかったんですか?」

「船長から?」

「おれが、皆に内緒にしてってキャプテンに言ってたから……キャプテンは誰にも言ってないはずだよ。たぶん、クルーではハルしか知らなかったと思う。」

「ベポは、少し前までキャプテンから教わっていたんですよ。」


驚いた顔をしていたペンギンが、おれ達が説明を続けていくにつれ、口元が引き締まり真面目な顔になった。
話すハルをじっと見つめていたペンギンは、静かにおれの方を向いた。


「……なら、船長にもう一度お願いしろ。船長が駄目というものを俺には教えられない。しかも内緒でなんて。」


口を開いたペンギンは、いつもの優しい声だったけど、内容は突き放したものだった。
ハルが、おれ以上にショックを受けた顔をする。
一緒に状況を見ていたカリタスも、小さく顔を顰め、俯いた。


「ペンギン。」


いつものおれなら、きっと此処で投げ出していた。
それか、床に両手を付いて、落ち込んで、泣きだしていたかもしれない。
でも……。


「でも、おれは、諦めたくないんだ。一人で頑張ってみようと思ったけど、おれは飲み込みも悪いし、誰かに教えてもらいながらじゃないと無理なんだ。」


食べかけの、レーズントーストは、テーブルの端ですっかり冷めきっている。
でも、おれの頭の中はマーマレードバターたっぷりのレーズントーストより、マシュマロの浮かんだ甘いココアより、もっと大切な事でいっぱいだった。


「おれが馬鹿だったせいで、キャプテンの期待や信用を裏切っちゃったんだ。だから、この船に乗り続けるために、おれは、キャプテンの期待以上の事をしなきゃいけない。」


もう、がっかりなんて、言われたくない。


「おねがいします。ペンギン、おれに力を貸して。おれに、航海術を教えてください。」


テーブルに両手を付いて、頭を下げたおれを、カリタスとハルとペンギンが見つめているのが分かった。
ゴソリ、と頭上で音がして、下げていた頭を僅かに上げてペンギンを見る。
胸の前で腕を組んでおれを見つめていたペンギンは、組んでいた腕を解き、ユニフォームのポケットをペタペタ触っていた。


「ああ、あったあった。」


左側のお尻を触ったペンギンが小さな箱のようなものを取り出した。
そして、ハルに笑い掛ける。


「ハル、お前が島に降りた時に注文していたものが出来たぞ。さっき、ガンショップに行く序でに寄って、かわりに引き取ってきたんだ。」


体を起こし、ハルに小さな箱を手渡すペンギンを見る。


「ペンギンさん!今はベポさんが話をしているんです。ちゃんとベポさんに返事をしてあげてください!」


カリタスが、少し憤ったようにペンギンに食って掛かった。
ペンギンは、口元の笑みを深くし、カリタスの頭をぽんぽんと撫でる。


「ベポ。」


笑みをそのままに、やっとペンギンがおれを見た。


「ハルがな、俺と島に降りた時、航海道具の店に行きたいって言ったんだよ。」


おれへの返事ではなく違う話をし始めたペンギンだけど、おれはとにかくその話を聞くことにした。
不思議そうな顔をしたおれを前にして、ペンギンが少し可笑しそうに話を続ける。


「しかもな、ディバイダーが欲しいなんていうんだ。ディバイダーだぞ?クッキーの型や、編み針やレースのリボンじゃなくて、無機質なコンパスだ。」


そこまで聞いて、おれはもしかしたら……って思う所があった。
ペンギンが、ハルに目配せをして、小さく頷く。
ハルがおれの目の前に、さっきペンギンから受け取った小さな箱を差し出した。


「……ベポ、開けてみて。」


恐る恐る持ち上げたおれの手にコトリとその箱が置かれる。
戸惑うように、ペンギンに視線を向ければ、彼はさっきハルにしたように優しく頷いた。
爪の先で木製の箱の蓋を押し上げる。
中に入っていたのは真鍮色の金属で出来た両脚が針のコンパス。
片足の部分に“B”と一文字、綺麗に彫られていた。


「これ……。」

「お前のだ、ベポ。……だろ?ハル。」


ハルが、にっこり笑った。
彼女に笑みを返したペンギンは、ふっと笑みを無くして真顔になり、おれを向いた。


「俺は、容赦ないぞベポ。多分、船長よりもだ。」


その鋭い瞳に応えるように見つめ返し、手の中の箱を握りしめる。
しばらくそうしてから、ペンギンがふっと表情を緩めた。


「それにしても、船長にバレないようにか……骨が折れるな。」


そして、少し困ったような笑みを浮かべた。


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