No.17
「96、97……・きゅうじゅうーー……はちっ、ああ!もう一回!……98っ、99……・100!」
全ての豆が右の皿から左の皿へ移ったのを見届け、手元のストップウォッチのスイッチを押す。
ベポが勢いよくこちらを向いた。
「何分っ?!」
「……16分。」
「16分!!」
テーブルの上に箸を投げ出したベポは、なんてこったと嘆くように天を向いて両手で顔を覆った。
ズルリと滑るように椅子から落ち、床に両手を付くベポに慌てて駆け寄る。
「大丈夫だよ!ベポ!一週間前より2分も縮まったんだよ?!」
「うぅ……でも、3分以内に出来るようにならなきゃいけないのに……。」
「たまに抓み損ねるのを、確実にしていけばあと2分は縮まるよ!」
「それでも14分!!3分なんて無理だ!」
ああ!!と頭を抱え込むように床に伏せたベポの背中に手を当ててどうしようかと困惑する。
彼はこうなったら、ちょっとやそっとでは浮上しない。
彼を元気づけるものが何か無かったかと、冷蔵庫の中を思い描く。
「何騒いでんだ?」
おーいおいおいと半べそで嘆くベポの声の間に、低いテノールが入り込んだ。
瞬間ベポが体にバネでも仕込んだかのようにビョンと跳ねあがって立ち上がる。
入口を振り返ると、いつからそこに居たのか、キャプテンが空のマグカップを人差し指に引っ掛け、ブラブラと揺らしながら面白そうに私たちを眺めていた。
「キャプテン。」
「豆なんか散らかして、今度は何作るんだ?ナットーか?」
「あ、いやこれは……。」
チラリと横に立つベポを盗み見ると、大きな白熊は明後日の方向を向いたままカチンコチンに固まっている。
「ベポさんが、武器を扱うために指先を鍛えているんですよ。」
呆然と立ち尽くす私たちの代わりに答えたのは、キャプテンの後ろから入ってきたカリタスだった。
は?武器?とキャプテンが怪訝そうな視線をカリタスに向けると、彼はにっこり笑った。
「おれが、短剣以外で自分に合った武器を模索してるって話したら、ベポさんも自分の武器になるものを見つけるって。
それで何を武器とするにしても指先は器用になって越した事ないって、鍛えることにしたんですよ。」
「……へぇ。」
「キャプテン、今度おれの武器、相談に乗ってくれますか?」
「お前、キャスに見て貰ってんだろ?……でもまぁ、そうだな。次の島に着くまでに一度みてやる。」
「やったっ!ありがとうございます!」
嬉しそうになカリタスの言葉に頷きだけで返したキャプテンは、再度少し目を細めて相変わらず何もない空間を見つめるベポに目を向けた。
そして、私に視線を移し、マグカップを引っ掛けた指先を顔の横に持ち上げた。
「ハル、コーヒー淹れてくれよ。」
「あ、はい。」
慌ててキャプテンに駆け寄り、両手でマグカップを受け取る。
そのまま肩を抱かれ、促されながらキッチンに入った。
キッチンに入り、ベポとカリタスが見えない位置に入ると即座に耳元に顔を寄せられる。
「で、結局何やってんだ?」
囁くように掛けられた問いに、苦笑を零す。
コンロの上に置いてあったケトルに水を注ぎながら、カウンターの向こうでベポの背中を気遣わしそうに擦るカリタスをチラリと視界に入れた。
水の入ったケトルをコンロに置き、火に掛ける。
琺瑯が温められてコトコトと音を立てるのを聞きながら、口を開く。
「キャプテンが、考えている通りだと思いますよ。」
チラリと、横目でキャプテンの顔を見上げる。
僅かに唇を歪ませ、微妙な顔をした彼は私の言葉を図りかねているようだった。
「なので、お気になさらず。」
言いながら、よっ、と背伸びをして吊棚からコーヒーフィルターのストックを手に取る。
一枚をドリッパーにセットして、缶からスプーンで粉を入れた。
コーヒー1杯分のお湯はすぐに沸き、シュンシュンと湯気を立てるケトルから直接ドリッパーにお湯を注ぐ。
ふんわりと香りを辺りに漂わせながらマグカップを満たしたそれを満足に眺め、彼に差し出した。
キャプテンは、差し出されたマグカップを手で覆うように縁を指先で掴んで受け取り、幾分濃いめのコーヒーから私に視線を移した。
「俺は仲間はずれか?」
少し拗ねたように紡がれた、小指の先ほども思ってないだろう彼の言葉に思わず笑う。
私に釣られるように笑顔を零した彼から、またカウンターの向こうの二人に目をやった。
「……二人とも新世界に向けて、成長しようとしてるんです。」
カリタスに慰められていたベポが投げた箸を拾いに行き、カリタスがストップウォッチを手にしている。
さっきまで泣きべそをかいていたベポが張り切って椅子に向かう様子が眩しいもののように感じた。
思わず目を細めると、大きな手が私の頭に乗り、ごしごしと強く撫でつけた。
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