No.09




ミルクが入ったコーヒーを、静かに啜った。


「落ち着いたか?」


クザンが、大きな体を折り曲げながら私の顔を覗き込んだ。
コクンと頷き、カップをソーサーに戻す。

先ほど、スパンダムがカタツムリに叫んでいた事が通じたらしい。
私が泣いている間に、給仕によってコーヒーが運ばれてきた。
本当はコーヒーはブラック派なのだが、昨日の朝のやり取りで私が熱いものが苦手だと認識したクザンが、少しでも冷まそうとミルクを入れてくれたのだ。
いつも飲むよりまろやかなコーヒーは、私の胃を静かに温め、心を落ち着けてくれた。

顔を上げて周りを見やると、スパンダムは呆然と私を見つめていて、ロブ・ルッチは無表情で向かい側のソファーに足を組んで腰掛け、コーヒーを飲んでいる。
スパンダムが、私から視線を外さないまま口を開いた。


「青キジ殿……ニホン人ということは、やはり、その、能力が……?」

「いや、この子はまだ来たばかりだ。これからだろう。」


スパンダムとクザンが交わした言葉に、ロブ・ルッチが顔を上げ、チラと私を見た。
能力?
クザンを見上げ、首を傾げる。


「あー、そういう説明はそのうち誰かにして貰おうと思ってたんだがなあ……。」


クザンが私を見下ろして、眉を下げた。


「ナツちゃん。あのな。おツルさんが言っていた話だ。」

「おツルさん……あのオバサン?」

「そう、政府がトップシークレットにしてるって言ってたの覚えてるか。」

「ああ、うん。言ってたね。」

「ニホン人は、なぜだかこの世界に来ると一つ、能力を持つんだ。」

「能力?」

「うん、悪魔の実みたいな不思議な力な。」

「全員?」

「今のところ全員だな。お前さんの前の人は空を飛ぶことができた。」


空を……でも私は、何もできないし、そんな兆候は一切見られない。


「わたし……何もできないけど?」

「ああ、人によって何が出来るかは様々だし、力が出てくる時期も様々だ。死ぬ直前に一回だけ能力を発動した人も居た。」

「ふーん。でも、なんでそれで秘密にされなきゃいけないの?」

「あー、そりゃ……。」


クザンが言いにくそうに言葉を濁した。


「そりゃ、お前の力が万が一、強大な物だったとして、悪魔の実によるものではない海に嫌われてないその力が、海賊の手にでも渡ったらどうするんだ!」


スパンダムが少々興奮気味に口を挟んだ。


「海賊……?」

「まあ、海賊に限らないが、能力によってはお前さんを悪用したがる奴が出てくるかもしれない。だから政府はニホン人の存在自体を世間には公表していない。」


クザンが、スパンダムの言葉を補うように話を続けた。


「大将青キジ。」


目の前で顔色一つ変えずに優雅にコーヒーを飲んでいたロブ・ルッチが口を開いた。
クザンが「ん?」と彼の顔を見る。


「過去のニホン人達はそれぞれ一般人に紛れ生活をしていたと聞いていますが彼女も?」

「ああ、そのつもりだが、彼女はこの世界の社会常識を学んでいないからな。まだ先の話だ。」


クザンの返事にロブ・ルッチが口角を上げた。


「では、エニエス・ロビーに滞在しては。」

「ルッチ!何を言っているんだ!」


ロブ・ルッチの唐突な提案に慌てたのはスパンダムだ。
クザンは、眉を片方上げ、ロブ・ルッチを見た。
スパンダムの言葉を無視したロブ・ルッチは、ソファーの背もたれに深く身体を預けたまま言葉を続ける。


「マリンフォードは人の出入りが多い。加えて……王下七武海。彼女の存在を知られたくない人物も出入りするのでは?」

「ああ……まあな。なるほど、そういう意味では此処は安全、か。しかし……。」


クザンが、私をチラと見下ろした。


「しかし、彼女は今は俺の近くに居た方がいいと思うんだがな……。」


クザンの考えていることが手に取るように分かる。
この世界で私を拾って、食事や寝床を与えて世話をしてくれたのは彼だ。
そして、私が現在、この世界で唯一気を許せるのが彼だけだということを、クザンはちゃんと分かっている。

ロブ・ルッチはフッと一回息が漏れるだけの笑いを吐き、顔を窓の外へ向けた。


「大将青キジが、大事に抱え、閉じ込め、人に会わせず、果たして彼女は社会化できますかね。」


クザンがあからさまにムッとした表情をした。


「此処には……。」


ロブ・ルッチは、おそらくクザンの表情の変化に気づいているであろうが、かまわず言葉を続ける。


「彼女の社会化の担い手となる人間が大勢いる。同世代の人間も多い。……社会常識?海軍本部で新聞と本だけを見つめているより良いと思いますが。」

「ずいぶんと、生意気な口を利くようになったな。ロブ・ルッチ。」

「それは、失礼致しました。」


クザンが口元だけ笑みを浮かべ、ロブ・ルッチに言えば、彼はこちらを向き、表情は変えずに素直に謝罪を口にした。


「お前さんは、いつの間にそんなに面倒見が良くなったのかね。」

「過ぎた事を言いまして。」


クザンが加えてロブ・ルッチに言うと、彼は肩を竦めてクザンに返した。
クザンがフゥーと息を吐き、天井を見上げる。


「だが、お前さんの言うことも尤もだ。」


そして、私の頭に大きな手をポンと乗せた。


「ナツちゃんはどうしたい?」


高い位置にある彼の顔を見上げた。
正直、彼の傍を離れるのは不安だ。
しかし今の話で、この世界で生活していく為に、私はクザンの傍ではない方がいいのだと言うこともわかった。


「クザンに会えなくなるわけじゃないんでしょ?」

「もちろんだ。」

「なら、私はここに居るよ。」


クザンが少し寂しそうに私を見た。


「クザンとは、せっかく友達になれたし。そりゃ、近くにいたら安心だけどね。」

「此処は、マリンフォードに近い。チャリですぐだ。いつでも会いに来るし、いつでも来ていい。」

「うん。」


よしよしと、大きな手で私の頭を撫でた。
最初は気恥ずかしかった子ども扱いも、彼からされるのには、すっかり慣れてしまった。


「スパンダム。そういうことだから、頼んだよ。」

「はっ、はい!青キジ殿!ご安心して我々にお任せ下さい!!」


先ほどまで、苦々しい顔でロブ・ルッチの話を聞いていた彼は、クザンが顔を向けるとピっと姿勢を正し、途端にいい返事をした。


「ナツちゃん。これ、俺の番号ね。いつでも電話ちょうだい。」

「あ、うん。」


クザンがすらすらとメモに電話番号を書き、私に手渡した。


「すぐに給仕に部屋を用意させましょう!」


スパンダムが慌しげにバタバタとデスクに向かって行った。
目の前に座るロブ・ルッチは満足げに足を組み直し、再度コーヒーカップを口に運んだ。


「ポッポー。」


ロブ・ルッチの肩から飛び立った鳩が、私の頭の上を旋回し、膝の上に着地した。
鳩の顔を見つめると、鳩は僅かに首を傾げた。


[*prev] [next#]

ALICE+