No.08
「クザーン……エレベーターないの?」
「なんだ?そりゃ。」
「……なんでもない。」
「面倒臭がるなよ……。」
クザンに言われたらお仕舞いだわ……。
ハアハアと息を吐きながら、ヒョイヒョイと2段飛ばしで階段を上がっていく長い足を見つめる。
グルグルと上り続ける階段に、すっかり息が上がっていた。
かなり古いが美しいこの塔に心躍ったのも束の間。
吹き抜けの高い天井を見上げ、もしかして……と嫌な予感がしたら案の定……。
私は駅でどんなに急いでいてもエスカレーターを使う軟弱者だというのに……。
そろそろ座りこもうかと思ったところで、やっと目的の階に着いたらしい。
ふんふーんと鼻歌交じりに歩くクザンの後ろをゼエゼエと荒く息を吐きながら付いて行く。
数歩先行くクザンが「入るよー」と言いながらノックもせずに一つのドアに入っていった。
「はっ!!あっ青キジ殿!!……ぶぁっちい!!コーヒーこぼしたぁっっ!!」
なんだか賑やかな声が聞こえる。
数回大きく呼吸をし、やっと息を整え、クザンの後に続いてその部屋に入った。
まず目に入ったものに驚く。
……象……。
動物園に居る、あの象。が……なぜここに?
象の隣のデスクでは、紫がかった髪に顔を半分隠すような不思議なマスクをつけた人が、シャツに出来た大きなシミをティッシュで必死に拭っていた。
……これが鳩の飼い主かしら?
「スパンダム。ロブ・ルッチは?」
「ルッチの乗った海列車は、もう少々で着くかと……。」
「あそ。じゃあ、待たせてもらおうか。」
彼が鳩の飼い主ではないらしい。
クザンが長い足を組んでソファーに腰掛ける。
クザンの横に居たほうが良いだろうと彼の座るソファーに近づくと、スパンダムと呼ばれた男が私に気づいた。
「青キジ殿、その小娘……お嬢さんはどちら様で?」
「ああ。俺の連れ。ナツちゃん、この人CP9の長官。」
「長官……初めまして。ナツと申します。」
「……どうも……。」
スパンダムが訝しげに私を見る。
彼の視線は気にしないようにして、クザンの隣に座った。
彼を見上げ小声で聞く。
「クザン、CP9て何?」
「政府直属の諜報機関だ。」
「諜報……ってスパイみたいなことを?」
「……とか……まぁ、そんなとこ。」
確かに、目の前の長官と紹介された彼は、政府の役人らしくない格好だ。
ましてや、裁判所に関わるお堅い職業の人にはとても見えない。
スマートな黒のパンツに柄シャツのボタンを胸元まで開け、装飾の大きいゴールドのベルト。
手には黒い皮のグローブをはめていた。
今はカタツムリの大きいのに向かって「コーヒー持って来い!すぐだ!」と怒鳴っている。
カタツムリはコーヒー持って来ないでしょうに……。
変なマスクを取ればそこそこいい男な気もするのに、残念な人だわ。
少し哀れむような気持ちで彼を見た。
−コンコン
ノックの音がした。
「入れ。」
スパンダムがドアに向かって言った。
ガチャリとドアが開き、シルクハットを被った黒いスーツの男性が入ってきた。
「おお、ルッチ。来たか。」
「お久しぶりです。長官。」
彼がロブ・ルッチ……。
鳩を飼っているというくらいだから、沢山の伝書鳩を所有しているような、なんと言うかもっと、田舎っぽい人を想像していた。
目の前に居る彼は、かなり迫力があるが、非常に端正な顔立ちで、スタイルも良く紳士的な格好をしている。
「青キジ殿がお待ちかねだ。」
スパンダムの言葉にロブ・ルッチがこちらを向いた。
「大将青キジ。ご無沙汰しております。お待たせいたしまして。」
「いや。元気そうだな。ロブ・ルッチ。」
「ええ。今日は何か御用があるそうで。」
「ああ……いや、お前にっていうか……。」
クザンがそこまで言った時に、ロブ・ルッチがこちらを見た。
私の視線は、彼がこの部屋に入ってきた時からずっと彼の右肩から動かない。
あのネクタイをした鳩が止まっている。
あの鳩だ。間違いない……。
ロブ・ルッチは私の顔を見て、一瞬目を見開き少し驚いた顔をした。
「大将青キジ。なぜ、彼女が……?」
「彼女が、お前さんの相棒に会いたいと言うもんでね。」
「ルッチ。そちらのお嬢さんを知っているのか?」
スパンダムが不思議そうな声でロブ・ルッチに問うた。
「いえ、先日、革命軍の調査で入った島で見かけまして。」
「お前さんの相棒がその島に彼女を連れて来たんだよ。」
スパンダムに対するロブ・ルッチの返事にクザンが言葉を挟む。
クザンの言葉に私とロブ・ルッチが同時に眉を顰め、不可解といった表情をした。
私が鳩に連れられて来た島って……あのクザンに拾ってもらった無人島だよね?
こんな人……いたかしら?いや、あの島は“無人島”だ。“人”は居なかったはず。
じゃあ、マリンフォードで……?
首を捻って思い出そうとしたが、どう考えても彼には今初めて会ったとしか思えない。
クザンが私の表情を見て、言った。
「ナツちゃん。お前さんがあの島で見た豹は、この男だよ。」
「……え?」
「昨日の朝、説明しただろ。こいつも悪魔の実の能力者だ。」
「あ……それで……。」
鳩が豹に食べられるって私が言った時のクザンの余裕さを思い出した。
そして、クザンは未だ眉を顰めているロブ・ルッチを向いた。
「ロブ・ルッチ。スパンダム、お前さんも……この事は他言無用なんだが、彼女はニホン人だ。」
「え……ええっ?!」
スパンダムが大きな声を出した。
ガシャンと大きな音がして、彼のデスクに置いてあった、空のコーヒーカップが床に落ちた。
ロブ・ルッチは顰めた眉はそのままに、細めていた目を大きく見開いた。
「ポッポー。」
鳩がロブ・ルッチの肩から離れ、私の前に飛び降りた。
「……ハットリ。」
自分の肩から離れた鳩を見て、ロブ・ルッチが呟いた。
「来たわね、鳩。あんたのせいでコッチに来たのよ!私を元の世界に帰してよ!」
精一杯目の前の鳩を睨みつけ言った。
「クルッポー。」
鳩が私の頭上を旋回し私の肩にとまる。
ずっしりと重く、思わず肩が傾きそうになる。
「なによ!バカにしてんの?あんたのせいで……。」
「ポー。」
鳩が私の頬に頭をスリスリと押し付けた。
「はやく案内してよ……あんたなら帰れるんでしょ……。」
「ポッポー。」
「……ねえ……は……やく……っっ。」
クザンの大きな手が私の頭に乗った。
「ナツちゃん……。」
その手に力が入り、そのまま彼のお腹に頭が引き寄せられた。
「もう、分かったろ。ナツちゃん……無理だ……。」
「……っ……ふ……っっ……。」
「クルッポー……。」
肩が軽くなり、鳩が私から離れたのだと分かった。
クザンに抱き寄せられて初めて自分が泣いているのだと理解した。
流すのは帰ってからだと決意して我慢を重ねていた涙は、なかなか止まることがなかった。
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