No.10
「明日から一日一時間は長官室に顔をだせ。」
「……はい。」
給仕の女の子が案内してくれた部屋に、ロブ・ルッチが付いて来た。
これから私の部屋になるはずのこの場所で、ロブ・ルッチはソファーに腰掛け、私はドアの近くに立っている。
ロブ・ルッチにドリンクの用意をしていた給仕の子が口を開いた。
「ルッチさん、この女性はCP9の新しいメンバーでいらっしゃるのですか?」
ロブ・ルッチがしばらく黙った後に私を一瞬見て彼女に返した。
「いや。この女は海軍大将青キジの姪だ。訳あってしばらくエニエス・ロビーで預かることになった。」
「まあ!」
給仕の女の子が心底驚いた様子で私を見た。
そんな顔で私を見たって、私だって初耳だ。
そういう設定は事前に言っておいてもらわないと話の合わせようがないわよ。
彼女の向こうのソファーで寛ぎ、ハットリの頭を人差し指で撫でているロブ・ルッチを少し睨んだ。
給仕の女の子が私の前で制服のスカートの裾を摘み、一瞬だけ腰を落とした。
「青キジ様に全然似てないんですね!あ、私、ギャサリンと申します。よろしくお願いします。」
小首を傾げて微笑んだおさげの彼女は、ふっくらとした唇に円らな瞳、大きめの頬骨が印象的だ。
お世辞にも美人とは言えないが、親しみやすい彼女の笑顔に釣られて、思わずこちらの顔も綻んだ。
「ナツです。こちらこそ、よろしくお願いします。」
返した私に、もう一度にっこりと笑いかけたギャサリンは、此方を見ないロブ・ルッチに向け一礼し、部屋から出て行った。
ロブ・ルッチは細かなカットデザインが美しいロックグラスに、丸く大きな氷を入れ、ブランデーを注いでいる。
彼の前のソファーテーブルの上には、ワインボトルがワインクーラーの中で氷に埋もれ冷やされている。
全て、今出て行ったギャサリンが用意していったものだ。
彼女が去り、ロブ・ルッチと二人きりになったこの部屋は途端に気まずい空気が漂う。
腰を落ち着けてアルコールを飲み始めた彼は、しばらくこの部屋から出て行くつもりはないのだろう。
いつまでも、ここに突っ立っているわけにはいかないので、私は私で寛がせてもらうことに決めた。
広い部屋を見渡すと、大きなクローゼットに鏡台に幾つかの棚、一つ口のコンロが付いたままごとのような小さなキッチン。
3つ有る扉はおそらく、バスルーム、トイレ、ベッドルーム……といった所か。
キッチン横にある小さな可愛らしい冷蔵庫を開け、ジュースと思われる赤いペットボトルを取り出した。
どこに座ろうかと少し迷って、ロブ・ルッチの向かい側のソファーに、彼と対角線になるように座った。
ペットボトルを開けて口を付ける。
甘くさわやかな酸味が口に広がった。
良かった。アルコールの味はしない。
私はこんなに明るいうちからお酒を飲む気にはなれないわ。
チラリと、ブランデーの入ったロックグラスをカラカラと振るロブ・ルッチを見た。
「あの……ロブ・ルッチさん」
「ルッチだ。」
ロブ・ルッチが目だけ動かし此方を見る。
「俺をフルネームで呼ぶのは青キジだけで十分だ。」
「では……、ルッチさん。なぜ、私が此処で過ごす様にとクザンに言ったんですか。」
「さっき、青キジに説明したのをお前も聞いていたはずだ。」
相変わらず顔を此方に向けることなく、ルッチが返した。
「でも、クザンに態々あんな進言をするほど、貴方が私に興味があるようには思えません。」
ルッチがやっと此方を向き、目を細めてほんの少し片側の口角を上げた。
「そんなことはない。お前は俺の前に初めて現れたニホン人だ。」
そして、顎を上げて口元に浮かぶ笑みを深くし言葉を続ける。
「その能力とやらが生まれる瞬間には俺の前に居ろ。」
……ああ、そういうこと。
つまり、彼が興味があるのは“異世界人”と“異世界人の持つ力”。
やっぱり、私に興味なんかないんじゃない。
先ほどの、クザンの言葉を思い出した。
「能力によってはお前さんを悪用したがる奴が出てくるかもしれない。」
なるほど。
私にどんな力が芽生えるのかはわからないけど、政府に利用される事だってあるわけだ。
むしろニホン人の存在を内々にする政府は、その力を政府の為だけに使わせるつもりなのだと言っていいのだろう。
果たして、目の前の男に私が異世界人だと明かして良かったのだろうか……。
なんにしろ、此処ではあまり、のほほんとしていてはいけなさそうだ。
頬杖で顎を支えて考えていると、ルッチがテーブルにグラスを置いた。
カチャンという音に、思わず顔を上げると、彼が目を細め私を見ている。
目が合うと彼は愉快そうに口角を上げ、口を開いた。
「ハハハ。意外にも、考える頭はあるらしい。気に入った。」
そして、立ち上がり、鉄柵の付いた窓へ歩いていく。
「何の疑問も持たずに、礼の一つでも言ってくるような奴だったらさっさと青キジに返してやろうと思っていた。」
「此処に来て本当に良かったのか自分でも分かってないですからね。正直、お礼という段階では……。」
むしろ不安で一杯なのだ。
クザンの居る青い部屋の方が何百倍落ち着くだろうか……。
そんな状態で「私の為を考えて下さって有難うございます!」なんて元気一杯お礼が言える程、私は能天気な人間ではない。
私の言葉に此方を振り返っていたルッチは、私から壁際に視線を移した。
「其処の棚に今日中に資料を入れさせる。暇なときに目を通せ。」
彼の目線を辿ると確かに空の本棚が2台。
「分かりました。」
素直に頷いて彼に返した。
「俺は明日の朝には帰るが、週一で顔を出す。」
ルッチが続けて話した言葉に、思わず彼を見つめた。
私の視線に気づき、彼が片眉を顰めた。
「なんだ。」
「いやあ。意外だと思って。てっきり私の事はスパンダム長官あたりに丸投げすると思っていたので。」
おそらく、スパンダムも、そのように思っていると思う。
ルッチは表情を変えずに返した。
「海軍大将から取り上げて飼おうっていうんだ。多少の面倒はみる。」
この人……私を猫か何かと勘違いしてないか?いや、鳩か。
食えない男だが、ひとまず、スパンダムよりは頼りになりそうだ。
「お世話に……なります。」
一応、頭を下げておくことにした。
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