No.99
ルッチが無表情の中に不機嫌さを滲ませ、今まで6番ドッグの職長が座っていた椅子に腰かけた。
そして私に何か声を掛けることも無く、食事のトレイを引き寄せ、皿の上に山のようになっているポテトをいくつかフォークで纏めて突き刺し、一口でバクリと口へ入れた。
彼は驚くほど健啖な人だが、食事をする様子はとても品が良い。
マナーはもちろんの事だが、カトラリーを扱う指先、グラスを持つ所作、どれもが優雅だ。
例え、食卓に私と二人きりであってもだ。きっと一人の食事も上品なのだろう。
そんな彼が、こんなに乱暴にフォークを扱い、大勢の居る場所で大口を開けて食事をするなんてあり得ない。
呆気にとられてそんなルッチを見つめていると、私の視線に気付いた彼は不機嫌さはそのままに、無言で怪訝そうな視線を向けた。
慌てて、言い訳の様な言葉が口を付いて出る。
「いや……あの、ルッチさんがカフェテリアで食事をしているのが意外で……。」
私が言うと、彼は視線を戻しバクバクと凄いスピードと勢いで食事を続ける。
彼との無言の時間は慣れっこだが、こんなに怒ってますアピールをしている彼と過ごすのは流石に心臓に悪い。
「……あの。何をそんなに急いで食べているんですか?……それとも、怒っているんですか?」
まさか私だって彼が急いでいるだけなんて思わないが、この空気を緩和するため最初に付け加えないわけにはいかなかった。
ポークチョップの横に付いていた……付け合せと称すには聊か量が過ぎるパスタをフォークに巻きつける手を止め、彼はまた目線だけ此方へ向けた。
カチャン、と音を立てて、中途半端にパスタを巻き付けたままのフォークが皿の上に置かれる。
ハァ、とひとつ大きな溜息を吐いたルッチは、食事途中のトレイを少しだけ押して遠ざけ、僅かなスペースが出来たテーブルに片肘を付いてこちらを向いた。
「クルッポー。本当に分からないのか?」
「……何がですか?」
彼の問いが先ず持って何を指しているのかが分からない。
問い返せば彼はもう一度呆れたように息を吐く。
一貫した表情の彼は溜息だけで感情を表現しているように思えてくる。
ハットリもさも呆れていますと言わんばかりに、首をゆるゆると振った。
「さっきの男の事だ。」
「……さっきの、というと。あの、6番ドッグの?」
「ポッポー。わかっているんじゃないか。」
ルッチが僅かに眉を寄せる。
「彼が、ルッチさんが怒っている理由ですか?あの職長さんと前に何かあったんですか?……でも、1番ドッグと6番ドッグだし、力関係はルッチさんのほうが、」
「お前、本当に分からなかったのかっポー。」
そうじゃない。とハットリが首を振る。
今度は私が眉間を寄せて首を捻る。
彼が何を言いたいのか分からない。
「仮にも彼氏といる場で、あんな男といちゃついているんじゃないっポー。」
「はあ?」
「……まったく、なんで俺がこんな事言わなければいけないんだっポー。」
ハットリが顔を天に向け片翼で目元を覆った。
「いやいやいや。まさかあれを見て私がナンパされてるとでも思ったんですか?」
「現にそうだったっポー。」
「まさか!あの人はカリファのファンですよ?私に近づくのもカリファ狙いです。」
「……だから、お前は何も分かってないって言ってるんだっポー。」
ハットリが翼の長い羽の部分をピッと私に向ける。
ルッチの言葉に合わせたその動作にもいい加減慣れたが、苛つくときは苛つく。
私に向いているその翼を押し戻しながら、唇ひとつ動かさずに話す男を軽く睨み付けた。
「じゃあ、なんだっていうんですか?」
「大体、お前は油断しすぎだ。今の男だけじゃない。パウリーだって……。」
そこまで言った彼は、幾度目かになる溜息を吐き出した。
「もういい。この話は終わりだっポー。」
「いえ、待ってください。パウリーが?なんなんですか?」
手を払うように振って、話を終えようとしたルッチを止める。
彼は事あるごとにパウリーの名前をチラつかせるが、結局パウリーが何だというのか、はっきりと言ったことが無い。
ルッチは面倒くさそうに私の目を見つめていたが、迷うように一瞬目線を逸らし、またすぐに私と目を合わせる。
「今まで毎日あいつと二人っきりで屋上で過ごしておいて、全く、これっぽちも、周りに何も思われていないと思っていたのかっポー?パウリーを遊んで捨てたお前が俺に乗り換えたって話も知らないわけじゃないだろう?」
「は?……え?……は?!」
ちょっと待て。初耳だ。
「何それ、しりませんよ!なんでそんな話になって……っていうか、なんでルッチさんの耳には入ってくるんですか!そんな話。」
「お前が周りに目を向けないだけだっポー。カリファ辺りなら当然知っている話だと思うが?」
「あ、最近カリファと話してないから……。」
「ふん。親切なクラークの女どもは何も教えてくれなったのか。」
「それは……。じゃあ、パウリーもその話を知って?」
「クルッポー。さあな。俺には1ベリーの損にもならない話だから興味ない事だ。」
「……そんな!!」
彼は、本当に意味がわからない!とさらにくって掛かろうとした私の背を宥めるようにぽんぽん、と撫ぜ、また食事のトレイを引き寄せた。
勝手に怒っていたくせに、勝手に人を動揺させて、勝手に私を宥めた様子に非常に納得がいかない。
しかし、ひとまずこの場は彼に食って掛かっても仕方ない。と自分のモヤモヤは胸に押しとどめることにした。
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