No.100
食事を再開した彼は、私との不可解な会話でも多少は気持ちを落ち着けることが出来たのか、先ほどとは打って変わって食器の音一つ立てず、品よくパスタを口に運んでいた。
隣に座る彼に向けていた体を真っ直ぐに向き直し、売店のビニル袋からパンとお茶を取り出す。
半ば、冗談じゃない、という気持ちでパンのパッケージを破った。
なんだか私が一方的に不機嫌を八つ当たりされたような気がする。
むき出されたパンを抓んで一口大に千切り、口へ運ぶ。
もぐもぐと咀嚼しながら、私は悶々としていた。
大体、私がパウリーと仲が良い事の何が悪いというのだ。
ルッチと犬猿の仲であるらしいジャブラと仲良くするなと言ってくるのは100歩譲って理解できる。
しかし、ルッチと同じ1番ドッグの職長であるパウリーと同じ会社の人間である私が一緒に飲みに行ったり
することに何の問題があろうか。
彼の理不尽な八つ当たりで私に溜まったストレスは誰に発散しろと?
彼はそこの所どう考えているのであろうか!
だんだん自分の中の思考が盛り上がってくる。
その勢いでもう一口千切ろうと抓むと、勢い余ってパンの真ん中からグニとクリームが飛び出してきた。
零れだしたクリームを慌てて指で受け止め、舐めとる。
「ところでお前、一体そのパン何なんだっポー。」
隣のルッチがいかにも甘そうな風体のパンを食べる私に、信じられないといった瞳をむけてきた。
ルッチの問いに、今の今まで脳内で彼に対し憤っていたのも忘れ、驚きの声をあげる。
「ルッチさん、知らないんですか?これは少し前に売店で発売になった、リンゴジャム入りイチゴクリームメロンパンです。人気商品なのに。」
私の答えに腹話術も忘れてルッチがあからさまに顔を歪めウェッという顔をする。
しかしそれも一瞬ですぐにいつもの無表情に戻った。
「クルッポー……それは……リンゴなのか?イチゴなのか?メロンなのか?」
ぱくりとかぶりつき、いつか自分も抱いた疑問に応えるべく、もぐもぐと咀嚼しながら首をひねる。
「んー……まあ、そもそもメロンパンはメロン味じゃないですからね。でもこれ、意外とおいしいんですよ。」
聞いたところで今後彼自身買う事もないであろうパンについて、それ以上興味を向けられることはなく、彼はもう一度私を一瞥してから自分の食事に向きなおった。
「一度食べたら嵌ります。」
続けた私の言葉はどうやらスルーされたようだったが、返事の代わりに彼のランチセットのトレイからひとつ小鉢が取り上げられ、私の前に置かれた。
小さなガラスの器の中にはいくつかのフルーツが乗ったヨーグルトが入っている。
「何ですか?くれるんですか?」
私の問いには、またしても言葉による返事は無く、代わりに器の上にデザートスプーンが添えられた。
「ポッポー。そんなカロリーしか無いようなものばかり食ってないで栄養も摂れ。」
「…………お母さんですか。」
彼の台詞に一瞬呆気にとられる。
その後私が思わずポツリと零した言葉を拾って、ルッチが鋭い視線を向けた。
「あ、でも毎日ここまでジャンクじゃないんですよ。野菜のサンドイッチも食べますし。」
言い訳を繕いながら、デザートスプーンでヨーグルトの上のキウイを口に運ぶ。
甘ったるいパンの余韻を引く口内にフレッシュなキウイは思いのほか酸っぱく、思わず口を窄めた。
もう一口、とスプーンでヨーグルトを掬うと、それが口元に届く前に何かが口の中に突っ込まれた。
私の一口に対して随分大きいそれは、歯応えたっぷりのポークチョップだ。
無理矢理押し込まれた為に、口周りがグレービーソースで汚れてしまったのがわかる。
目を白黒させながら、急に口に入ってきた肉をなんとか飲み込むと続けざまに唇に肉片が刺さったフォークが押し付けられる。
……一体何なのだ。
目を細め彼を軽く睨み付けるが、彼は私の表情などお構いなしで、唇に付いている肉を押し込むようにフォークを揺らす。
唇に付いてしまっている為、仕方なくそれも口を開けると、ルッチは私の口からフォークを引き抜きながら面白そうに瞳を細めた。
次の肉片をナイフで切りだしているのを見て、慌てて両手で口元を覆う。
「も、もういりまへん!!!」
口を覆ったまま首を横に振ると、彼はフォークに刺さったポークチョップをナイフで外し、代わりに付け合せのマッシュポテトを掬い、そこにナイフでグレービーソースを塗りつけた。
そういう事ではない!
ポテトの乗ったフォークを向けられ、左手の手の平をルッチに向けて突き出し、NOの意思を示す。
残念そうにルッチの瞳が陰り、フォークに乗ったポテトは彼の口の中へ消えた。
ほっとして、右手で口元を覆ったまま、テーブルの上のケースに入った紙ナプキンに左手を伸ばす。
一枚紙ナプキンを抜き取ったところで、向かい側のテーブルの人と目が合った。
ナプキンを広げて口元を拭いながら周りを窺うと、チラホラ私たちを見ている人たちがいる。
ああ……今のやり取りを見られたのか……。
今私が強制的に食べさせられたのも、遠くの席に居る人からすれば「ハイアーン」「キャッキャウフフ」に見えたのだろうか……。
「ルッチさんのせいで、変な目で見られてるじゃないですかっっ。」
小声で隣の男に抗議すると、優雅な動作でスープを飲み干した彼は、ほんの僅かに口角を上げ、ふんと鼻を鳴らした。
ああ、これでまた、私たちが何も言わなくても社員達に今の事に尾鰭が付いて伝わるのだろう。
些細な事でも噂になるほどに、ロブ・ルッチという人は皆に注目されている人物なのだ。
彼もまた、きっとそれを分かっててこういう戯れをするんだろう。
ずるい。
「クルッポー。安心しろ。もうお前を呼び出して脅すような愚か者はいないっポー。」
ハットリを動かすことなく聞こえた小さな声に、思わず動きを止める。
そして私から彼の視線が逸らされたのと同時に僅かに眉を寄せた。
入社してすぐの頃、屋上前の踊り場での事。やっぱり、知っていたのか。
ずるいなぁ。
まだ半分以上パッケージに残っているリンゴジャム入りイチゴクリームメロンパンにばくり、とかぶりつく。
想像以上にヘビーだったポークチョップが胃の中で主張して、もうこれ以上この甘いパンを食べ進めることは出来なそうだった。
パッケージごと、ビニル袋にパンを突っ込みながら細く吐いた溜息は、食べ残したパンに対してなのか、それともルッチに対してか、好奇の目を向けてくる社員達に対してのものなのか、なんだか自分でも分からなかった。
−−
「ナツさんと歩いてるの見たらルッチさんて普通の男性だったんだな。って思いましたよ。」
「ルッチさんが船大工達以外と並んで歩くなんてナツちゃん位よ。」
「二人って、ちゃんと付き合ってたのねぇ……。」
事務室に戻るなり囲まれ掛けられた言葉に、苦笑いを返すしかない。
とにかく、今日みたいなのは私もルッチも苦手だから明日からいつも通りにさせて欲しい。と言えば、彼女たちは少し残念そうにしながらも了承した。
「ナツさんも、ダリア職長も羨ましい!ガレーラの有望株つかまえたんだもん!」
「あら、まだパウリー職長が居るじゃない?」
「ダメよ。私、彼に“それ以上近寄るな、破廉恥女!”って15m先から叫ばれたもの。」
「ああ……ね。」
それぞれのデスクに戻りながらも彼女たちのお喋りは止まない。
彼女たちに気付かれないように溜息を吐いてデスクに座ると、顔を上げた所でダリアと目が合った。
ダリアは他部署とのランチミーティングに参加していた為、昼休み一緒じゃなかったのだが、今の会話だけで何があったのか悟ったのだろう。
私の視線に少し困ったような笑みを返した。
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