No.103




さて、外に出てきたのは良いが、どこに行こうか。
チヤプチャプと音を立てる水路に沿って歩きながら、目的地を考える。

一人で行っても間が持ちそうな店がいい。
近場だと行きつけはブルーノの店か、ワインが美味しいバールだ。
少し歩く場所に、内装が小奇麗で昼間はカフェで夜はバーになる店が一軒。
そんなに飲むつもりはないが、多少お酒を頂くつもりでいるので帰りのことを考えてそんなに遠くまで行きたくない、後者は却下だ。

ルッチがCP9の仕事で出かけているのだから、きっとブルーノも一緒に違いない。
じゃあ、残った選択肢はいつかカリファと行ったバールか。
うん、まぁあの店なら料理も間違いないし良いだろう。

目的地が決まったことで足取りも迷いがなくなる。
月をキラキラと映し出す水面を眺めながら灯りの落ちた商店街を通り抜けた。

−−


「あれ?」


交差点を渡りながら、横道に何気なく目をやって思わず声を上げた。
道路を渡ったところで足を止める。
今日はてっきり休みだと思っていた店に灯りがついている。


「……なんで?」


電気がついているだけで、営業はしてないのだろうか?
とりあえず様子だけ見てみようと、その店に足を向けた。
外から中を覗き込むまでもなく、店の近くに寄っただけで酒場独特の賑わいが耳に届く。
店の入り口の前で暫く逡巡するが、まあ開いているのだし、とドアベルを鳴らしながら中に入った。


「いらっしゃい。」


ベルが鳴ると同時に、反射的に声がかかる。
ちらほら埋まっているテーブル席には目もくれず、カウンターへ向かった。
カウンターの中でビールサーバーを扱っていたブルーノは、私の顔を認めると一瞬驚いたように目を見開いてから笑みを浮かべた。


「アァ。いらっしゃい。ナツちゃん。一人かい?」

「こんばんはブルーノ。少し飲みたくなって出てきたの。ビールください。」

「はいよ。ちょっとまってな。」


ブルーノが私の前からビールサーバーへ移動したので、軽く振り返って店の様子を窺う。
今日はそれほど混んでいないようだ。
男性ばかりのグループが3組と、カップルが一組。


「はい。おまたせ。」

「ありがと。」


目の前に泡が溢れて表面を伝い落ちるビールジョッキと、素揚げしたミックスナッツの器が置かれた。
私の前にやってきたブルーノにお礼を言うと、ニコニコと笑顔を返される。
細長いグラスに自分用にビールを注いできたようで、差し出される。
今日はお客さんも少ないから私に付き合ってくれるようだ。
ジョッキを持ち上げて、ブルーノのグラスに小さく触れさせて乾杯をした。


「何か食べる?」

「うん軽く。でも、もう少しあとでいいや。」

「そう。」


コリコリとナッツを食べる。
絶妙な塩気でビールが進む。
チラリとブルーノを窺うと、すぐに目が合い軽く顔を傾げられた。


「ブルーノ。」

「ん?」

「ルッチさん、今日出かけてるんだけど。」

「アァ、そうかい。だから一人で来たの。」

「うん……って、そうじゃなくて。ブルーノはいいの?」

「……なにが?」


ブルーノがさらに首を捻る角度を大きくした。


「えっと……だから、……本職のお仕事。ブルーノは行かないの?」


声には出さず、殆ど口の動きと多少の空気の洩れる音だけで伝える。
それでも彼は、アァ。と納得したように頷いた。


「俺達はまだ、一緒に行動する段階じゃないんだよ。それは今後各々の動き次第だ。」

「……そっか。」


おかしな話だ。
自分から話を振った癖に、ブルーノの口から諜報の仕事の匂いがしたら少しショックを受けている。
そんな気持ちは隠してブルーノに笑みを返したはずなのに、彼は困ったような顔をして慰めるように私の頭を2・3度撫でた。


「何か作るよ。何が食べたい?」

「……じゃあ、フィッシュアンドチップス。」

「ソース要る?」

「タルタルとケチャップだよね。んー要らないかな。モルトビネガー頂戴。」

「はいよ。トマトのピクルスは?」

「え?ブルーノが漬けたの?へえ、いいね、食べる食べる。」


軽く眉を上げて了解。と頷いたブルーノは、花飾りのついた可愛いエプロンを翻してキッチンスペースへ移動する。
直ぐにジュワーと揚げ物の音が聞こえてきた。
ちびりちびりとビールを飲み進める。
家で、サラダだけでも食べてきて良かった。
何も食べてなかったら、きっとあっという間に酔っていただろう。
ボウルの中のミックスナッツを意味も無く種類別に選り分けてみる。
ジャイアントコーンの割合が多かったので、2つ3つ口に放り入れた。

−カランカラン


「あーあ、負けた負けたー!ブルーノ、ビール!!」

「いらっしゃい。パウリー。」


カタン、
手元がぶれて、小さなボウルが揺れる。
ボウルの中で種類別に分けられていたナッツたちがあっという間に混じった。

恐る恐る肩越しに振り返ってみると、思ってた通りの人物がカウンターに向かって歩いてくる所だった。
乱暴にドアを開け、ドスドスと乱暴に店内に入ってきた彼は、あと数歩という所で私の存在に気付いて足を止めた。
困ったような、バツが悪いような顔でお互い数秒見つめあう。
パウリーが、片手を後頭部に持っていき、俯きながらがりがりと後頭部の髪を乱した。
その手を首元に当てながら、1歩、2歩、とゆっくり近づく。


「……あー。」


何か言おうとしているのか、私の傍らに立ったものの、視線をうろうろ動かして言い淀んでいる。
横の席の椅子の背もたれを持って、僅かにずらした。


「とりあえず、座ったら?」


その席を勧めると、彼はほっとしたようにふぅーと紫煙を吐きだし、勢いよく隣のカウンターチェアに座った。


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